January 31, 2012
カラオケを歌う機会など年に何回もない。そして最近のJ-POPに非常に疎い。昔からの傾向として男性ボーカルにはなお疎い。そういう事情でカラオケで歌う曲といえば「セロリ」とか90年代の曲になりがち。そもそもこの10年殆どリニューアルなどされていないのだ。
好きな曲だけ歌っててもいいだろ!と言いたいところだが,さすがに若い子と一緒だとどれも知らない顔をされてしまう。それもまあねえ。という最近,それはさすがに耳につく曲というのが「家政婦のミタ」のテーマ。聞き流していたが,レパートリー「歩いて帰ろう」の斉藤和義の歌。何となく親近感が湧いて歌ってみようかなと。
わかりやすいメロディラインもさることながら,声域がそれほど高くなく,最高声部も自分のギリギリのG#。とりあえず嫌いなバラードやスローテンポでもない。iTunesで200円である。早速購入で当分聴いてみることにした。
人生たまには違うことしないと,ね。
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January 30, 2012
パソコンが進化しても,現在の自分にとって決して手放せない小物。大学時代は統計の勉強などに世話になった。今やこれで三角関数の計算をしたり微積分をしたりすることはない。それどころか通常の電卓に付いている平方根すら使わない。それでもこれを使わない1週間があるかといわれればないかも。
この手の関数電卓のありがたいところは数式が入力できることである。研究費のちょっとした計算,今月のやりくりの計算。なんだかんだ言って10程度の数値を足しあげたり掛けたりする。こういう時式が見えるのはとてもいいし,計算間違いを確かめることが容易である。ステップが記憶できる電卓もなくはないが,こちらの方が視覚的にもいいしともすれば安い。近年はソーラーなので電池の心配もいらない。
かくなる理由で研究室に一台,自宅に一台。デジカメやiPod並に重要な電子機器である。
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January 26, 2012
昨夜2時頃に寝る時は,まだまだ大雪には程遠いなと思っていた。それが今朝目覚めてみると40センチの積雪。年に1度あるかないかではあるが,やはり北陸は侮れない。融雪装置のある街ではあるが,それでも車に積もった雪や玄関前の雪かき(雪すかしという)には40分ほどかかり,朝から体力も腰も消耗する。これから1週間程度は断続的に降るだけでなく,かなりの低温でもある。溶けない雪は凍って重く残る。これからが大変だ。
上の写真のように,北陸の雪は湿っぽいので,ブロック塀の上にも上手に積もる。
そして大学では,毎年恒例である1年生の「わー,雪だスゴーイ」の日となる。北陸出身でない学生が大半の本学。当然雪だるまやかまくらを作りたいらしい。大抵作り方が分からず挫折することも多い。大抵は雪の壁をつくって上に伸ばしていこうとする(上の写真)。そこで先生の出番,雪山をつくって固めて掘る。やり方は教えたから後は頑張るんだよ。
かくして学生らは初めてのかまくら作りに勤しむ。そして作ったかまくらは,大抵山が小さくて2人では窮屈すぎるレベルとなる。大学のグランドには,既にそんなものが3つほどあり,それぞれの専攻の学生が思い思いに創作に挑むのである。
そういえば,NHKの天気予報の雪はとても可愛らしい。普通に降る時は雪だるまの目線が上から下に追いかける。吹雪になると雪が横殴りで,無表情の雪だるまが我慢強く耐えている。今週は毎日雪なので,天気予報にはたくさんの雪だるまがほのぼのした姿を見せている。ぜひご覧あれ。
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January 23, 2012
季節外れの感もあるが,もうスイートピーが出回っている。適当に色を見繕っていたら花屋さんが「それは金曜の仕入れで,こっちは今日の仕入れです」。つまり花の長い方を教えて下さる。そんな訳で今日はピンクと黄緑のスイートピー。黄緑は「わかば」という品種だったかな。
前回買った花の生き残りもちょっと短く切って挿しておく。名前を忘れたこちらも改めて訊く。「リューココリーネ」というユリ科の花なんだそうで。花も長いし楚々として綺麗である。
しかしとんと花の名前を覚えなくなってしまった。
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January 21, 2012
・小さい頃,外で遊んだり本を読んだりすることが好きだったので,実はガンダムもキン肉マンもドラゴンボールもキャプテン翼も見ていません。
・小学校のころ,2年生までは就寝時間8時,その後は9時就寝だったので,Gメン75や毎度おさわがせしますや欽ドン!など9時以降の番組をほとんど見ていません。
・ファミコンなどのゲーム機を一切持たなかったので,ゼビウスもスーパーマリオもドラクエもやったことがありません。
・母親が食べ物の添加物などに注意深い人だったので,小学校時代コカ・コーラを飲んだことが1度しかありません。
1970年代前半に生まれておきながら,同時代の流行その他は知っていてもリアルに体験したことがあまりない。そんな訳で,私がこの手の話にきちんと相槌をうっていても,実は耳年増的な相槌です。まず困ることはないけど,内心ちょっとだけ負い目と悔恨を残している。
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January 20, 2012
今年の金沢は比較的日差しのある冬である。センター試験が終わり,やや落ち着いて仕事が出来る昼下がり。今日は自宅で仕事中。久々にショスタコーヴィチの第7番「レニングラード 」などを聴きながら机の前である。
高校3年の今頃。センター試験が終わり,しばらくして自由登校となる。センターは散々だったが,残る2次は国語(含む小論文)と社会,そして英語。苦手なのは英語のみ。数学をやらなくてよくなったと思うとうんと気分がラクになった。ラクになった勢いで日がな問題を解き続けたのがこの時期。毎日8〜10時間くらい問題を解いたり単語や構文を暗記し続けていたのではなかろうか。今思えばハードでもあり,逆に他に何もないのんびりした1ヶ月ちょっとだったように思う。
手元にあった2万ちょっとのお年玉がCDに消えた。新品と中古を足して10枚くらい買ったであろうか。その中にあったのがこのレニングラードやミュンフン/バスティーユ・オペラのトゥーランガリラ交響曲。あとドラティ/デトロイトのヒンデミットだったろうか。とにかく受験の記憶は20世紀のオーケストラの記憶である。
あの頃何を考えていたのか。大学にともかく入ること,心理学を志していたけれど音楽がやりたいとばかり思っていたこと。きっと音楽では食えないから高校の先生になって音楽部の顧問がやりたかったこと。今になるとそんな事しか覚えていないな。そして今,ようやく大学で音楽部の顧問になった。いつまで続くかも分からないが,20年来の願いがひとつ叶ったなあと思う。
暖かい午後の日差しの中で,ひとりだらだらと仕事をし,好きなことで心一杯になる。やりたいと思いながらついに20代からの20年はそうならなかったなあ。まあ人間そういうもんだ。これからもまあそういう日は何日もあるまい。だからこそ貴重な自宅研究日の本日である。
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January 10, 2012
昨日が休みだったので今日花屋へ,名前を聞いたのだけれどまた忘れる。ブローディア(トリテレイア)によく似ているのだが,青ではなく赤紫。花屋さんが「〜コリーナ」と言っていたのだが,はてその前が一体何だったか。忘れた前半部はよく知っているような単語と同じだったというメタ記憶だけが残っている。
ズブロッカのような香り,茎もよく似ているなあと。花の寿命も長いらしく,来週まではゆっくり楽しめるかと。それにしても何だったけなあ。
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January 09, 2012
南国の九州に生まれ育った私が密かに自信を持って伝えられる趣味。毎日通うスポーツジムも,その原動力のかなりの部分はこの2ヶ月ちょっとのため(あとはダイエット)。今年も体力と筋力を保ち,この季節がやってきた。キャリアにスキーを載せたら自宅から車で40分。いつものゲレンデでナイタートレーニング。金曜日と日曜日の夜,矢継ぎ早に滑った。
写真は5時過ぎ,わずかに夕映えの残るゲレンデ。北陸のゲレンデは人工雪などで管理されていないので,雪が降れば柔らかく,天気が良ければガリガリである。それでも天気の良い日は珍しいので,1月2月にこういう写真はなかなかお目にかかることが少ない。間にコーヒーブレイクを入れて3時間半ほど。同行者もいないので滑ってはリフト,滑ってはリフトのストイックな感じである。そんな訳で,昼にはビールを一杯なんていうスキーをやったことがない(車だし)。
こちらは上部からの眺め。福光から高岡・砺波方面の景色が美しい。これは7時過ぎ頃の撮影だが,見ての通り目の前には誰も滑っていない。近年スキー場はいつも空いている。夜でも多くは子供連れや30代すぎの人が多い。20代で溢れていた10年前から比べると隔世の感。若者のクルマ離れとか,所得の減少とか色々と原因はあろう。石川では3分の1近いスキー場が閉鎖。将来が案じられる。
スキーは年をとっても比較的続けやすいスポーツ。生涯スポーツの意味でも始めて良かったと思うが,いつまで攻め続けられるか。まずはあと10年,50まではさらに上手くなりたいなあと願っている。
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January 04, 2012
数年ぶりに金沢で越した2012年。正月気分は大事なので,ささやかながら正月料理は用意した。黒豆に田作り,伊達巻。どれもスーパーに行けば小分けで買える。テーブルの上に広げてちまちま食べながら,だらだら呑むのも正月の風情というものである。
実家に帰れば長くても3が日で終わるお節。当然今年は3が日で終わるべくもない。今日からだらだらとお節の残りをおかずにして夕飯である。それなりに旨いものが少しずつ食べられ,しかも当分は新たな食費がかからない。考えてみれば経済的と言えなくもない。何と言っても家に帰って10分そこそこで食卓が成立するのがありがたい。
冷蔵庫を見れば明日で終わるというものでもない。これもまた久しぶりに正月らしい正月である。
ちなみにおせちの一番高い買い物はいくら。近江町で安いものを探していたら(100グラム1000円が相場。それより安ければラッキー),200グラム1700円のものが。「お兄ちゃん。2つで3000円でいいよ」。ついやってしまいました。当分いくらでニコニコできる。
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January 01, 2012
・明けましておめでとうございます。1972年から40年。ついに不惑の40の歳になります。さすがに人生の半分まで折り返した感があります。
ここ数年,折り返しを過ぎたら人生「持ち出し」で生きたいと考えています。時間も知恵も,ちょっとのお金も。人に提供できるぶんだけは持ち出しで。そんな人生後半だといいなあと思っています。
・そしてそろそろ,好きに生きたいなあとも思います。
・朝からおせちと一緒に酒(手取川 吉田蔵 純米酒)をやっております。テレビ見ながら1時間に1合のペースで飲んでいると,酔いもしないことが分かりました。そういえば,20代の頃,そういうことが幾度かあったことを思い出しました。最近弱くなったなあと思っていましたが,どうもペースが速くなってきたのかもしれません。
そして,1升空いてしまったことをここに告白します。もう1升買っておいて良かったと思います。夜はシャンパンに切り替えることにしました。
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December 21, 2011
・週末に寒波と低気圧が襲うらしく,北陸は吹雪の予報。そろそろスキーの季節になってきた。来るべきシーズンインに景気をつけるべく,車のCDも広瀬香美などを入れておく。久しぶりにドリカムの“MAGIC”も。この中にはウィンターレジャーを心待ちにする「冬三昧にはまだ遠い」が入っていたりする。なんだか90年代に時計の針を戻したが,気分くらいは快活にいきたいなと。
この頃の吉田美和の歌詞はやっぱり元気だな。現在や未来に楽しみと期待がまだたくさん込められている。
・昨日のコンサートまでピアノを弾いてくれた学生。他の部活を休んでまで来てくれた時の労にと,久しぶりに笠舞の「レ・スール」で菓子を買う。ここはいつもバターの香りが絶えない店で,甘いものはしっかりと甘く,濃厚な香りの菓子を作る。せっかくなので自分用にも一個。何年ぶりかにケーキ付きのティータイムを研究室で。ソーサーはノリタケ,マグはナルミ。
以前住んでいたところの近所の店。そのまま昔の通勤路で大学へ。Aコープから笠舞の地蔵尊を抜け,亀坂(がめざか)登って石引の下馬地蔵。家並みに変わりもなく,懐かしい気持ちになった。
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December 20, 2011
買ったのは昨日。でもデジカメを忘れたので今日のアップロード。クリスマスらしいものをと言ってみたらこれを勧められた。大体昨日買ったので,惜しいことに名前を忘れてしまった。何かイリジウムみたいな6文字の名前だったのだけれど...何だっけな。
(追記)
エリンジウムという花だと,敬愛するI先輩よりご教示いただく。なぜクリスマスの花かというと,葉が柊に似ているかららしい。
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December 18, 2011
この10日ほど,ヒマさえあればピアノを弾いている。明後日が顧問である合唱部のクリスマスミニコンサート。そこで1曲だけ「ピアニストがいない」のである。リズミカルな曲なので指揮者はいなくてもなんとかなる。そこでまあピアニストを買ってでた。
しかし,私はピアノが決して上手くはない。いや,何年も弾いてきたし,ジャズならそれなりに覚えがないわけではないのだが,合唱の伴奏となると好き勝手にはいかないのである。ましてやここのところ数年ほとんど弾いていなかったので,決して難しくはない曲だが練習が大変大変。もうひとついえば,中学や高校,大学の時と違って,毎日練習できるとは限らないのである。
それでも期限はやってくる。したがって練習時間は長くなる。昨日が2時間,今日は2時間半。たった1曲にこれだけ時間をかけたことがあるだろうか(いやない)。お陰で今日は大体浚(さら)ったところまで。これで明日おさらいすれば何とか本番にはなんとかなるだろう。
弾きます曲は「天使にラブソングを」の"Hail holy queen"。考えてみればポップスを楽譜通りに弾くということをしたのは高校以来ではなかろうか。きちんと弾ければあとはノリノリで臨むのみ。
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December 13, 2011
「ご飯が左,味噌汁が右」という習慣は,家庭でも学校給食でも揺るがしがたい不動のルールと考えて差し支えなかろう。そして私もまた,39年間にわたりそのルールを墨守してきた一人である。
しかし,である。この汁物が右にあるという鉄の掟,不調法な私はしばしばジャケットの右袖の端を汁物に触れさせてしまい,悲しいことになるのである。さらに申し訳ないことには,学生や友人など大変気の利く人々に幾度となく気を遣わせ,注意されたり袖を引っ張られたりするのである。私の注意の先は大抵箸の先である。右袖は眼中に無いのである。
しかし,長きにわたり立て続くとさすがに問題視せざるを得ない。規則だ伝統だ小笠原流だといろいろあるのかもしれないが,思い切って汁物を左手にするという結論に達した。
とりあえず採用(12月)から10日ほど,現在のところ順調に食生活は続いており,当然袖を濡らすという問題も回避されている。ご飯を左手に持つ時,左袖が濡れるかもしれないという懸念はあるのだが,これも今のところは何とかなっているようである。
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December 09, 2011
・今朝少しだけ降る。ようやく医王山が白くなって,冬本番の様相。でも厚い雲の間にぽっかりと晴れ間がのぞくのも北陸らしさ。今日は全国的に月蝕が見られるらしいが,こちらではそれも叶わなかろう。
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December 08, 2011
2011.12.07 石川県立音楽堂
指揮 ニコライ・ジャジューラ ヴァイオリン 川畠成道
演目 「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ
ヴァイオリン協奏曲1番 (アンコール付き)
交響曲第6番「悲愴」
アンコール「くるみ割り人形」より花のワルツ
チャイコンに悲愴,聞いたそばから楽しそうなプログラム。1995年の創立で馴染みのないオケがどういう演奏をするのか興味もあって行ってみた。ソ連崩壊前後,レニングラードなどいくつものオケが往年の輝きを失い,ロシアにはちょっと遠ざかっていたところ。さて,どうなるか。
最初のポロネーズから瑞々しい弦の響きに驚かされる。名門オケのような精度ではなく,豊かに鳴らされる自由な美しさ。指揮のジャジューラもかなり豊かに楽想を伝える。最初の懸念は消え,楽しみに次を待つことができる。
協奏曲は近年ファンも多いと聞く川畠成道とのカップリング。初めて聴いたが,実にポルタメントの多い演奏である。ところどころ力みが見られる部分もあったが,個性的で意欲的なヴァイオリンである。全体的に大胆な解釈・表現が印象的で,キエフ国立フィルのもつ個性と両輪のように渡り合っている感じがした。ここでもオケの弦の美しさが際立っていた。
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December 05, 2011
ウェブ上でタダで統計解析ができるソフトウェアの金字塔“Javascript-STAR ”が12月から“js-STAR”として新装されている!研究を始めて15年以上,ついにSTARに願い続けていた機能が...
ANOVAの多重比較にHSDやBonferroniがついている!!!!!!!!!!
もう感涙。もうSPSSなんかいらん!エスクメラメーションマークいくつ付けても構わん!おまけにχ2乗検定も4次元までできるではないか!!!!!最尤法の因子分析までサポート予定というではないか!タダで何でもできる「貧者の核弾頭」Rも確かに素晴らしいが,初心者にも視覚的かつ直感的に扱いやすいSTARはやはり「初心者のカラシニコフ(扱いやすいことで有名な銃)」である。本業の合間に熱心に取り組んで下さったNappaさんこと中野さん,そしてSTARの生みの親である田中先生に心から感謝(何度か「HSDだけでもつけて下さい」とお願いしていた)。バグフィックスなどを経て息の長いサイトになることを願っている。
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・オンシジウムで品種はハニードロップという黄色が鮮やかな花を。菊があまりにも花もちしたのと,出張その他でその後が続かなかったので,考えてみれば11月は花を買っていない。クリスマスカラーで緋色のバラをとも思ったが,まあバラは直前でもいいかと。
・土日は教員作品展のお手伝いや発達障害関連の会に出席で,結局休まず。ジムにも行けず。さすがに週末を潰すと疲れがとれないことを「じわっと」感じる。先週以来身体の感度が高くなっているのでなおさらにも感じられる。いつでも力を抜くわけにもいかず,アップする時にはそれなりにアップが必要だなあと。
・週末の収穫,“Art Brut(アール・ブリュット)”。生(なま・き)の芸術と訳し,英語ではアウトサイダー・アートとも呼ばれる,正規の美術教育を受けていない人たちから出現した芸術活動。狭義では精神障害や発達障害を持つ個人の作った作品のことを指す。全く知らなかったのだが,スイスのベルンには精神病院附属の立派な美術館もあるそうで,一度行ってみたいなあと思ったりした次第。
英語より,フランス語の方が気が利いているなあと思ったり,でも意味としては英語が直截的なと思ったり。ただしBrutは「辛口」の意味もある。障害者の芸術とくくると,それは区別でもあり差別の根っこでもあり。自然様々な意味で辛口の事実を引き出しかねない。Art Brutの作品群からBrutの文字が消えても違和感がなくなることも考えねばならないと。
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December 01, 2011
・たまたま暖かい気候に恵まれた東京出張。街はクリスマスムードなのだが,ともすれば汗ばむようである。ここは南半球か?とツッコみたくなるくらい。
・研修最終日,最近の「若者文化」を考える小講演。初めて「まどか☆マギカ」を見る。すごく手の込んだアニメだなあという印象と,セリフが難しいのだが,よくよく考えると難しめの単語を組み合わせただけでそれなりに作りが緩い(論文なんかに比べるとね)なあなどと思う。若者が背伸びした感じの世界なんだなあと。少なくとも私にはまだ真剣に見ることができるコンテンツではある。
それからあれこれと考えながら,「まど☆マギ」に象徴されるのは,巨大すぎる全能感と,対立する恐ろしいほどの無力感。個人ベースで考えれば理想自己と現実自己の振れ幅がものすごく大きくて混乱するアイデンティティという感じか。講演者の説明にある「セカイ系」とか「中2病」といった言葉が,この振れ幅の大きな理想と現実に生きる若い人の心性にあるのかなあと思ったりする。
ネット上に住んでいると,この振れ幅を増幅する情報をイヤというほど見ることができる。単調でちょっとだけ退屈で,でもそれなりに安全な現実社会のリアリティにどうやって人を留めておくか,そういうことが気になったのである。
・よく食べ,よく話し,よく体を動かす。身体はちょっと軽くなり,体重はちょっと重くなり,財布はかなり軽くなった。自分へのおみやげは,いつものハセガワで買った酒2本と,十数年ぶりに新調したタクト。いろいろ考えることが出来たので,しばらくの間更新が進むかもしれない。
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November 29, 2011
・今年も研修の機会に恵まれた。東京はとても暖かい天気。あちこちにクリスマスの準備がされているが、あまりそういう気分にすらならないほど。
・今年は「ストレスマネジメント」を学ぶ研修なのだが、内容は動作法といわれる弛緩技法中心。あまり取り組んだことのない技法だが、
デモンストレーションをうけるとなかなか効果が実感できる。身体の緊張を解くので、肩こりもなどにも有効で(まあストレスなどの緊張による結果が肩こりなわけだ)、多くの人が「肩が楽になった」と感激。
肩こりに悩まされる私はというと、やりながら次第に肩の痛みや重さを感じられるようになった。おそらく普段は痛みもわからないほどになっている、体の不調を脳が感じないほど心身が離れているのが、弛緩技法の導入でようやく意識できるようになったのではないかと推測。物理的に解すのではなく、もう少し違う角度から解さないとなあと実感。
・夕飯にマッドクラブというカニのチリソースを。美味かった。しかしカニの味わいをこの味付けはやや覆い隠してしまった。改めていつか試してしたいと思った。
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November 27, 2011
・11月終わりからから12月の頭は、例によって学生相談学会の研修。この時期東京に来ることができるのはいろんな意味でありがたい。今日は天候も良く飛行機もスムーズに飛んだ。水曜までは都内も10度をほとんど割らないんだと。今年はコートなしでジャケットのみ。どうせ外なんてほとんどいないのである。
・上京すれば普段手に入りにくいものを調達。姪の誕生日プレゼントとか、レフィルとか。ここのとこiPadのおかげで活用されていないシステム手帳も、とりあえず来年のレフィルは買うことにした。さらに山野楽器で10数年ぶりにタクトを新調。手元に重心が欲しいので、かなり高いがローズウッドのグリップのものを。これだと繊細な動きにもラクなはずである。
・銀座から東京駅にかけて、あちこちで地方のフェアやイベントばかりである。震災のおかげで地方に意識がむくのか、それとも日本人ってどこに生まれようとも気質が田舎モンなのか。いずれにせよ真面目で少しずつ個性の違う少量生産のものが有難がられるのはまあ悪いことではなかろう。それにしても、ご当地ユルキャラにせよ、ケンミンショーにせよ、本当に日本人は「ローカルなナショナリスト」だとかんしんする。
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November 24, 2011
iPadを買って半年,OSがLionになって3月,そしてiCloudもサポートされた。より一層のシームレスなデジタル生活(言ってて気色悪いが,IT生活よりマシか)にしてみようと思い,iWorksと7Notesを入れてみた。7Notes
いわゆる手書きでノートをとるソフトだが,これがすごい。本当にスムーズに入力できるし,そのまま変換する変換効率も非常に高い。乱雑に書いた字が正しく認識されるのは本当に驚かされる。ペンで紙にメモをするのと基本的には何ら変わるところはない。来週からの出張(研修)でそれなりに威力を発揮するのではないかと密かに期待。
そしてiWorks。クラウドを介してファイルの共有ができるようになった。パワーポイントのファイルもほとんどそのまま利用することができるので,ちょっとしたプレゼンならパソコンを持参する必要はないだろう。
「ユビキタス社会」という言葉がしばらく前に流行ったが,iPadやスマートフォンで,やっとその端っこくらいは囓れるようになったかなという感じ。アラフォー,まだもう少しはデジタル社会のなかで右往左往せずに生きて行けるかなという感じ。いや,こうやっていること自体が右往左往なのかもしれないが。
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November 22, 2011
いつもの定点観測カメラ(単に研究室から撮影しただけ)の医王山に,うっすら冠雪がみえる。昨日の寒さに加えて雨。山の上が雪になるのはもはや必定という空模様である。今日は辛うじて晴れ(北陸では冬のこういう天気は「晴れ」なのです),洗濯物も今日からファンヒータの入っている部屋で部屋干しになる。上手くすれば年内にスキーにいけるかもしれないぞ。脂の乗ったブリもそろそろ口にしたいなあと思ったりする師走直前である。天気が悪かろうと,寒かろうと,北陸の風情と食を満喫するならやはり冬に限ると,県外の人々には強く推奨するこれからの季節である。
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November 18, 2011
たまには外でお昼を食べたい。実際には結構な頻度で食べてはいるのだが,週に1回くらいそういう気持ちになる。ここのところ私の周囲で密かなブームになりつつあったところへ思い立って行ってみた。金沢の商工会議所の地下にある「会館グリル尾山」である。古めかしい建物の地下へ行くと,これまた昭和の香り漂うオレンジ色のガラス扉。開くと木の机と椅子。日本ではもう絶滅したかと思われるような古めかしい「食堂」である。一人なのに大きなテーブルに通されようとした時,目の前に知り合いのFさん。これ幸いに昼食をご一緒することになった。オーダーはやはりカツ丼である。
金沢では比較的見られる「卵とじ後乗せ方式」のカツ丼。古式ゆかしくカツも中庸,ダシも中庸。ご飯の盛りも微かに軽め。最近の時流から比べれば相当あっさりした味に感じられる。一緒したFさんの,上に目玉焼きの乗ったカレーも,何というか古色ゆかしく良い香りであった。ぜひ今度はこちらにしたいと。
残念なことにここも会館新築に伴い営業を終了するらしい。「昭和は遠くなりにけり」なのである。
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November 17, 2011
今年の紅葉は何となく色が悪いような気がする。いずれにせよ冬近い金沢である。秋晴れも今年は今日を含めてあと3日あるだろうかという感じ。もう明日からずっと「曇り時々雨」の予報である。
日も短くなって午後の光が物悲しげになってきた。こういう時,iTunesから流れ続けるCasiopeaの曲がどれでもピタリとハマる。ハマる理由は簡単で,中学1年生の秋,初めてラジカセを手に入れたからだ。手に入れて以来,秋の間ずっと小遣いが入ればカシオペアをレンタルしてカセットにダビングし続けていた。
思春期に入って急速に自我と世界とのやり取りも増えた頃。夕暮れ時にカシオペアを聴きながらあれこれ未来を夢想し続けた記憶の風景が,今も蘇ってしまう。その頃多分私は,子どもではなくなったんだろう。中学時代,自分の頭を占めていたのは,音楽と自己顕示とセックス(への憧れ)。なりたいものはミュージシャンか弁護士。多分いつだってステージの真ん中に立ちたかったのだろう。今思えば,本当に真っ当でありきたりの思春期を送っていたなあと微笑ましい。
それから裕に25年はたつ。今みたいになるとは思ってなかったし,こんなに世界が進歩するとも思っていなかったのかもしれない。近視と弱視と老眼で,もうその時のようにくっきりと世界も見えなくなってきたけれど,幸い耳はさほど衰えていないので,音楽と一緒に思いを馳せる晩秋である。
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October 30, 2011
常々カツ丼に関してはあれこれ話題にしているが,親子丼は専門外というかそれほどでもないというか,要はこれまであまり食指が動かない。それがつい最近,近所の親子丼の写真を見て非常に美味そうだと思う。どこにそんな所があるかというと,鰻屋なのである。金沢は専門店が殊の外少ないのだが,その中では有名な武蔵の「浜松」,この親子丼が美味そうだったのである。浜松ねえ,親子丼なんてあったっけねえ,そりゃあノーマークだなあと思いながら,本日思いの外早く時は来た。
昼ちょっと前の店,それほど混んでもいないが,それなりに人が鰻を食している。中にはビールを傾ける人もいて,日曜らしい風景だ。よく見ると,鰻ではないものを食べている人もいて,それが親子丼らしい。つまりはそうマイナーな選択でもないらしい。オバちゃんに「親子丼」と頼むと,穏やかな声で「ハイ」と返ってきた。鰻を食べなくても親切にしてくれるらしい。専門店の妙なプライドなど微塵も感じられない優しい店だ。かくして親子はやってきた。
溶き卵は強く溶かれているので火にかき回されてフワフワに,そして一つ卵がそのままポンと。これがカツ丼だと,フワフワになっていたり火が通り過ぎていたりするのは必ずしも好まれるとは限らないが,親子丼だとご本尊の鶏があまり見えない分,これでも温かく感じられて良い。口に入れるとふわーっとした出汁の香り,鰻屋らしい鰹の強い出汁が吸い物には使われているが,こちらはそれに増して鶏の拡がりのある風味が加わる。ふわー,が拡散しすぎないように三つ葉の香りが良いアクセントになっている。味付けは最初物足りなく感じられるくらいあっさりだが,後でそれが品の良い味付けと感じられるようになる。
生の卵を割って,出汁と卵とじで渾然となったご飯の中にさらに割り込ませる。こうなるともう「だくだく」ですな。御飯の量も心持ち少ないのであっという間にさらりとお腹へ。カツのようにがっちりしていないから穏やかなものである。
温和,潤い,つつましやか,上品。何というか,人の良心を改めて湧き立たせるようなそういう味。これから商談に赴くぞ!といった時より(それはカツ丼に任せて欲しい),午後も無事に書類仕事を誤りなく進めたい時に向く穏健な味。何という優しさ,何という気品。そう,やはり「親子」の暖かさの味なのですな。親子丼は。
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October 26, 2011
2006年,金沢のジャズファンに衝撃を与えたライブ から5年。あのNo Name Horsesが再び登場した。この5年の間で3枚のアルバムをリリースし,その確かなアンサンブル,個人の技量の高さ,そして新しいJAZZへの試みで更なる進化をしているであろうNo Name Horsesを,自分の耳と目で確かめるべく。本多の森ホールへ。さすがに大きなホールで観客の入りは渋い。
前半はこれまでのナンバーから。オープニングは最新のアルバムからDon't Git Sassyなど2曲。初めからノリノリ! 続いて第3作“Jungle”から“Cave Work”などを,非常にシンプルな進行だがそれぞれのソロとアンサンブルが目くるめく変わる。クラシックのように細かいスコアを達者なそれぞれのメンバーが正確に支えている。
そして来ました,第1作から中山英二郎の“T for 2”。中山&片岡のトロンボーン対抗戦。骨太な音で天才的なフレーズを繰り出す中山,メロウな音で難度の高い極彩色のフレーズを吹ききる片岡,もう一度これが聴けるなんて。こちとらこの5年の間,何百回と繰り返し聴いた曲。二人のタイミングもアーティキュレーションも体に染み付いております。一気に最高潮まで引き上げられる。
サックスの岡崎をフィーチャーしたカルテット“Someone watch over me”で一呼吸おいたら(それはとても美しいプレイでした),コンサートCMでも流れた“No Siesta”。ここまでリズム隊の中村&高橋が良いプレイを聞かせる。Bassの中村は5年経って心なしか音がとても美しくなった印象が。前回「厚手」と表現した高橋のDrumも健在。いや,本当に横に流れない縦線のきっちりしたドラミングを繰り出す。ところどころで出る4で割り切れない連符が独特のゆらぎを作り出し,縦だけではない奥行きが感じられる。
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October 20, 2011
気温の面からいえば金沢の春と秋は比較的長い。とはいえ秋の晴れ間がどのくらい堪能できるか,という点においてはそうそう多くもない。今日はその意味で貴重な秋晴れの一日。窓を開け放って仕事に勤しむ。サツマイモ(五郎島金時)や多種多様のキノコ類(石川では「こけ」と総称)が楽しめる良い時期でもある。反対に,魚介類は端境期で,煮付けなどに良い鰈などは底引き網で沢山出まわるが,カニや鰤などはまだまだだし,「美味しい魚が食べたい」と秋の金沢に旅行を計画するのは必ずしもオススメできない。天気が悪くとも,魚なら冬だ。あともう少し,楽しみでもある。
日曜日は家の前の武蔵ヶ辻で「むさし山海まつり」。転勤族の方などと昼間から焼牡蠣に日本酒と呑んだくれる。ターキーだか鶏だかを売っていた露天には鶏の人形がぶら下げてあったが,どうもHang Up!の感じで可哀想である。
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October 18, 2011
熊本を故郷とするものとして,常々「サンバおてもやん」は欠かすことのできない熊本県民認識のメルクマールであると考えている。で,これまでも再三にわたって全国への紹介をしてきた(いや,マジです。サンバおてもやんで検索するとむっちゃ上位でヒットします)。
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これが40年近く前から県民に踊り継がれているのだから先進的でしょ(どこが)。
そして,最近になってこれの踊り方もネット上できちんと学べるようになっている。正調民謡「おてもやん」も一緒に学べるのでどうぞ。
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しかしながら,現在居を構える石川県でも,空前絶後のヒットを飛ばすサンバがある。石川テレビのキャラクター「石川さん」が踊る,「石川サンバ」である。
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「あっらがんこな髪型やじ〜(あらまたすごい髪型じゃない!)」と,それなりに現代的な方言がよくわかる。「けなるいじ〜(羨ましい)」は関西一円の方言に石川方言語尾がついたものと言うか...
でもあんまりサンバっぽくはない。やはりサンバは南国の方がフィットしているのだろうか,うん。熊本と石川ではラテン系とゲルマン系ぐらい違うもんね。
ちなみに,おてもやん関係を歌わせれば,熊本を代表する歌手水前寺清子をおいて他にいません。八代亜紀も石川さゆりも島津亜矢もいるけど,やっぱりチーター!森高でも茂森でもない。何が何でもチータ。と思ったら,こんな事もしているのか。なるほど,Hip-Hopでも全く問題ないようで。
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どうも石川のプロモーションをしようと思ったが,熊本に肩入れ気味になってしまった。面白かケン,みんな見てハイヨ(面白いので,皆さん見てくださいね)。
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October 17, 2011
・10月も半ば,菊を見ると秋だなあと感じる季節。今日の花はポンポン咲き。丸くて非常に可愛らしい。レモン色にやや近い鮮烈な黄色も,曇天がちになった北陸の空には良いアクセントになる。
・朝,いつもどおりの支度。髭剃りの準備もし,何故かそのまま家を出てしまった。髭剃りを忘れたことに気づいたのは車の中,顎に手を当てて「しまった」と気づく。致し方なく用を済ませ大学へ。今度は講義ノートを忘れたことに気づく。仕方なく今度は家に引き返し,ついでに申し訳ばかり髭も剃った。ドジのダブルパンチを被ったお陰で,双方のドジにとりあえずケリがつく。まあ良しとする。
・学食で昼食。今日はご飯持参ではないので,学食でおにぎりを調達...と思ったらおにぎりがない,学生が立て込む時間でもない早い時間にである。よく見ると大学見学の高校生が沢山学食にいる。これは売り切れるはずだ。これも致し方なくライス(小)に。せっかくなので丸美屋のふりかけ(かつお風味)も一袋。食べながら裏面をじっくり。
(原材料名)胡麻,鰹削り節,大豆加工品,砂糖,食塩,乳糖,醤油,小麦粉,エキス(鰹,オニオン,酵母,チキン,魚介),鶏卵,なたね,海苔,鰹節粉,あおさ,発酵調味料,パーム油,マーガリン,大豆油,こしあん,抹茶,海藻カルシウム,脱脂粉乳,鶏肉,澱粉,鶏脂,卵黄油,調味料,着色料,甘味料,香料,酸化防止剤
物凄いものである。たかだか2.5gのふりかけにこれほど。それもこしあんや卵黄油まで。こしあんがどこに必要というのだろう?かつお風味なのにオニオンやチキンのエキスが!ゴハンの上にちょっと仕事をする程度のふりかけに,これほどの仕事が施されているなんて。改めて驚きを隠せないのである。なんてことだ,丸美屋。
ちなみに,こちらの丸美屋は丸美屋食品工業。実は熊本には「お城納豆」でローカルに有名な丸美屋(株)がある。全く違う会社であることを,熊本の人の多くは知らないし,もちろん国民の多くは知る由もない。納豆フリークには「にゃっとう 」で少しは知られているかもしれない。そんなこんなで,ふりかけ付きの昼ごはん,平凡な昼下がり。
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October 14, 2011
・ともかく昨日から機能を使っている。スケジュールやファイルなどがデスクトップ上だけでやり取りされているのは非常に便利。
・自分でCDから起こした音楽ファイルはiCloud上ではやり取りできない。著作権の関係上まあ致し方のないことだろう。これについては手元にある3台目のマシン(つまり,iPadと母艦以外)のミュージックフォルダに移しておけばまあ問題ない。
・スケジュールだが,最初はgmailと動機していたものまで別のものとして取り込んで大変苦労した。今になってようやく古いスケジュールの重複を取り除く。見た目だけの問題だから放っておいてもいいのだが,これは感覚の問題。その感覚のために随分時間のロスをした。
・ピクチャの共有を敢行すると(ファイルが重いので)とても時間がかかることがわかる。仕事に速さを求める御仁は一旦考えてからやるのが良かろう。
いずれにせよ,「おお!こんなことが」と思えるだけで「コレは良い」と思えるものである。そして1週間後には,どうでもいいやと思うくらいになるだろう。それ自体が「意識しないほど生活の中に溶け込んだこと」の証左にしかならないとしても。これだからMacは恐ろしいのだ。
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October 07, 2011
教育実習関連の出張は今年度これが最後。しかし2日間で4校巡回のそれなりにハードスケジュール。今回のキーワードは「駅から何分?」だった。
一日目
(1校目)名鉄味鋺駅から約1.5km。駅からのバスの便なし。
細い道をずっと歩く。まあこれはまだまだ序の口。
お昼を食べに栄に戻り,栄から上前津駅まで歩く。それなりの距離である。
(2校目)鶴舞線塩釜口駅から約1km。駅からのバスの便なし。
距離にすればそう大変ではない。しかしここは「急な坂の上」だった。ゲレンデで言えば初中級くらいの坂を延々と登る。これがかなり堪えた。八事の方から歩けば緩やかだったらしいが,今度は距離が伸びるというジレンマ。
このあと鶴舞駅に戻り,先輩のG先生と栄まで歩いて一献,そのまま伏見へ歩いて杯を重ね,別れて名古屋駅まで歩く。伏見と名駅はそれなりに距離がある。よく歩いた。
二日目
(3校目)あおなみ線 名古屋競馬場駅から1.3km程度 名古屋駅のコインロッカーが埋まっていて,出張カバン一式で歩く。まあこれは許せる程度だった。しかし帰りに状況は一変する。ここから次の学校までの移動は1時間ちょい。あいにくバスが利用できず,駅までカバンを肩にかけ,ずっとジョグのまま駅に滑りこみ。これはかなりハード。
そのまま名古屋駅で乗り換え13分。ホームできしめん4分を試みるが,完食できずベルが鳴る。あわてて飛び出ると,店の前に電車がいない。両数が少なくてちょっと向こうにいる。褒められないことだが駆け込み乗車でセーフ。スミマセンでした。
(4校目)東海道線大高駅から1.1km程度
さすがに草臥れてくる。時間もさほど無いので早歩きで。
そんなこんなで歩き詰めの2日間だった。これに家と駅との往復(片道1km強),ホテルと駅の往復(片道500m強)なども勘定すると2日間で20km以上になろうか。私の2kmの歩行の消費カロリーは約100kcal。2日間ジムに行かなかった分をちょうど穴埋めする程度になっている。我ながらよく頑張った。おまけに中学校の巡回というのは,授業中もずっと立っているのである。基礎代謝量増える増える。
いや,こうやって見るまでは「ずいぶんバテるなあ,もう年かなあ」くらいに思っていた。いやいや,むしろタフなくらい。
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October 05, 2011
仕事をちまちまとしている。何というか,こういう時,威勢よく仕事をしたい。そういう時にはそういう曲をかけましょう。
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ここまでノリノリなら,仕事も勢いに乗ってしまう。足がパタパタ動いてしまうけど...
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ここまでくるとちょっと仕事になりません。注意ですな。でも勢いはバツグンでしょう。
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October 03, 2011
ようやく後期が始まって,一気に学生が帰ってきた。賑やかでなにより。少しは賑やかさに花を添えようと,今日は奮発してデンファレ,すなわちデンドロビウム・ファレノプシスである。両方ともモカラと言われるものなんだそうで,黄色い方はムーンライトという品種(250円),ピンクの方は珍しい色なんだそう(200円)。ちょっとだけ花瓶には短いので,下の花を2輪ずつ摘んで,こちらは茶碗の中に。まあ下の方が古い花ですからよしとしよう。湯のみに入った花が鬼太郎のお父さんみたいである。
学食も今日から開いて,お弁当は作らなくても大丈夫。ただ家にはコメが結構たくさんある。新鮮なうちに食べたほうがいいと言うし,新米に早くありつきたいし。で,当分学校にタッパーで持参しようかと目論み,本日は実行1日目。正直なところ,大学の米飯よりはいいなあと。コメの問題なのか炊き方の問題なのか,それは不明であるが,まあ我が家の象印IHジャーを褒めることにしたい。
おかず(さんまの竜田揚げとレンコンの梅酢あえ)だけなら310円。いろいろエコロジカルな昼である。学食のテレビにはつくばの話題。市街地ではセグウェイでの通勤実験が始まったんだという。登場から10年以上経つと思うが,ようやく普及の音が聞こえてきたか。ヨーロッパの空港とかだと係員が結構セグウェイで移動していたりする。つくばは石畳が多くてがたつきそうだが,果たしてどうなるやら。
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September 30, 2011
節制が続き,体重も徐々に減りつつある。お昼も和食で軽いものがいいなあ,と。とはいえうどん類は最近頻繁で食傷気味。近くにはあまり定食屋もない。こういう時はむしろファミレスで和定食のようなものが良かろう。という理由で近くのガストに。本当に久しぶりである。
ガストに入ると,眼の前にはサラダバイキングが。ほう,最近はそうなったのか。と感心しながら席へ,メニューを開けるとステーキやハンバーグ。さてさて和食の方に...ん...ない!
まもなく店員さん。「ステーキガストのご説明を」。え,ガストじゃないんかい!よくよく見ると,ステーキガストの文字。どうもここは肉類専門の店らしい。
さあて困った。がっつり食べる予定がなかったのだ。一番カロリーの低そうなものは,牛ロース(スモール,150g)。多分輸入だから400kcalいかない。ソースは醤油で,サラダバイキングもマヨネーズ利用類はカット。ご飯・パン類も小さなフォカッチャ(63kcal)にちょっとのカレーソース。スープはミネストローネ。デザートもゼリー2種に。多分ゼラチンじゃなくて増粘多糖類だからカロリーは押さえられる。だからこれは多めに食べてよし。
精一杯の知識を動員して食べる。まあ食べるとなれば味わって食べるのが吉。ステーキなんて店できっちり口にするのは3年ぶりくらいか。和牛のあの柔らかとは違い,牛を噛んでいるという実感の湧くロース。こういうのはこれでいいのだ。それでもやはりかなりお腹には溜まる。本当はヒレが良かったかもしれないが,倍近い値段だったしねえ。
そんな訳で昼間っから,肉食系で脂ぎった中年に久々復帰してしまった。こりゃ午後はガツガツ働かなくては。そして今晩は,小鉢・野菜系中心の晩酌に決定。昼の分は夜で精算するのだ。
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September 29, 2011
不器用なたちである。ボタンを付けようとして,玉結びはできるが玉止めはできない。仕事でちょっとできた合間に小さな雑用を入れることができない。不器用さをあげればキリがないが,それでも私にしばしばついてくる評価は「器用」である。町内会の規約を改訂したり,ちょっとした酒肴を考えだしたり,バーの新しいカクテルのコピーを考えたり,ママさんコーラスの先生になったり。やれと言われればまあ出来る。
もちろんどれをとってもその道のプロには敵わない。でも,まあサマになる程度までにはなんとか仕上げる。何というか,宇多田ヒカルを呼ぶとカネがかかるから,ミラクルひかるを呼ぶようなものである。呼ばれたミラクルひかるは松浦亜弥も倖田來未もできるというんで,重宝されるようなものか。私の「器用」はそんな感じに近いかもしれない。
モノマネの人は本業だが,私のできるこの手の仕事は「余技」のなせる技である。大学院の時も大学の時も,とにかく「本業」が嫌いだったのだから。それらをかわす方法はどこか別のところに力を注ぐことである。いや,実際脇道にそれるのは,中学高校の頃からだったように思う。
中学でテニスが恐ろしく下手だった時,夏はコーラス部に出稼ぎに行った。当時(今でも)名門だった母校は,その時も全国大会の銀賞だった。助っ人なのに全国のレベルと呼ばれるから調子にだけ乗れていい気なものである。高校でブラスバンド,一番下手くそな初心者で苦労した。1年生の時腕を折ったのを良い事にまたグリークラブへ出稼ぎ,高校総合文化祭の全国大会へ行った。行けたのは先輩の力。今回も美味い汁を吸った。ついでに一般のオペラグループにも所属した。本気になって頑張っていた人には叱られるかもしれないが,見せてもらえる現場は同じ。誰よりもできないのにレベルの高い現場を見て,妙にものの分かった若手に育つのである。
こういう活動は「余技」の部類なので,「いつでも辞められる」という気軽さもある。一生を賭けると思えばおいそれとこうはいかない。しかし,それゆえ気軽に没入できて,意外と長く続いたりするものでもある。
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September 28, 2011
今日は「茶色の弁当」である。たまたまいろいろ詰めていったらどんどん茶系になってしまった。さんまの蒲焼に昨日と同じミートボール。塩昆布の卵焼,牛すじ煮のコンニャク。そしてご飯には昨日作った新生姜の佃煮である。佃煮は生姜の分量に対して,醤油の量が多かったため相当に日持ちのしそうなものになってしまったが,砂糖などもしっかりしており,ちまちま食べるとなかなかに美味である。
野菜がブロッコリーと下に敷かれたサラダ菜だけというのが少々イケませんね。それでもこれ2つがあるだけで,地味一色の弁当に辛うじてアクセントがついていて良し。
弁当をぶら下げて歩いていたら,学生に「お弁当男子なんですか〜,え〜,なんか意外!」だそうな。普段学食で一人食べている姿が多いからかもしれないが,そんなに意外かねえ...
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September 27, 2011
しばらく前から(といってもここ2〜3年は),「毎日を楽しむことは,毎日何か異なることをする」ことに尽きるのではないかと思い始めている。天気もよく,スポーツジムも休館日で,比較的時間も自由に取れる今日。ならばなるだけ違うことをしようと思い立つ。目が疲れるコンタクトは一日お休み。通勤は自転車。通勤路もちょっとだけ違う。
やってみて分かったこと
・メガネのほうがコンタクトより焦点は合いやすいが,それにしても視力の老化は激しくて焦点をあわせるのに時間はかかることがはっきりした。
・自転車で3キロの大学は,それなりにいい運動になる。通勤路の最後にある坂(天神坂)を登るのはさすがにしんどくなってきた。中学高校の頃のように,10kmの通学路を20分そこそこで走り抜けるという芸当はまあ遠い話になってしまった。
帰りには,この10年一度も買い物をしたことがない,材木町の「東京ストア」に行ってみようかと。今日は何事にも新しいことをする日である。
だからという訳でもないが,弁当の方も少し違うものを。ご飯は高菜飯に,おかずにはこれまで採用したことのなかったミートボール(テリヤキ味)を。卵も今日は粉チーズとバジル入りでフカフカである。昨日の「ダイエット晩酌」に出されたキュウリとわかめの酢の物なども。味はすっかり落ち着いて旨い。
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September 26, 2011
この夏は外食続きでトレーニングもままならず,おまけに毎回昼ごはんを何にしようか悩むのもいい加減面倒になってきた。そこで学食が始まる来週まで,4日間だが弁当にすることにした。おかずもまあ手を抜いて,ちりめんじゃこの卵焼き,筍の煮物,ピーマン・舞茸のバターソテー,冷食の焼魚など,朝からどうにでもなるものばかりで凌ぐことにする。これでも外食よりはうんとヘルシーなはずだ。
3週後には年1回の健康診断も。当分はアルコールの方も控えめにして(実際昨日は飲まず,今日はまあちょっとだけ...),診断結果票に叱られない程度に頑張りたいと思う。もちろん,これが泥縄であることは承知しているのだが。
デジカメを忘れたので携帯で。画像が悪い事この上ない。
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September 14, 2011
熊本民謡といえば五木の子守唄かおてもやんが定番である。おてもやんの方は熊本市の民謡。そんなわけでデパートの前にはおてもやん像がある。この銅像,髪の部分にかんざしが刺してあるのだが,これができた当時は頻繁に折られていた。時はまだバブルの頃だったこともある。勢いの良い酔客も多かったのだろう。最近はもうあまり目立たなくなったのかもしれない。
小さい頃,川(というか近くの用水路)にはメダカやフナが沢山いて,とったり釣ったりしたものである。今回覗くと,以前より魚影がうんと薄くなったなあと感じた。たまたま散歩中にメダカを採取している年配の方がいる。覗いてみるとメダカの他に,昔放流されたタップミノー(カダヤシ)やタナゴ,川エビなどもいないわけではないことが分かった。蚊の駆除のために,タップミノーや美しいグッピーは頻繁に放流されていた覚えがあるが,さすがにグッピーの方は見つけることができないという。採取していた年配の方も,比較的最近の住民の方らしく,そのころの経緯はわからないという。そうか,もう40年近く前の話だもんね。昔住んでいた旧住民になるんだね。
少しだけ「肥満児」だった小学生時代の私。5年生の頃から2年くらいジョギングを励行していた。おかげでスリムな体型になるわ,走るのは速くなるわと現在に至るまでいろいろな恩恵を被っている。このころ我が家からかなり離れた山沿いの家に,その時ですら驚くほど古かったブルーバードがあった。今回ふらふら歩いていて,その家の前を通ったら
まだあるではないか!
おそらく大事に保存していらっしゃるのだろう。いまや40年以上は堅いクラシックカーである。公開するのは気が引けるが,ナンバーを隠した上で。いや,今回一番懐かしかったのは,この一台かもしれない。
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September 13, 2011
坪井川も,小学校のある高橋まで来るとこんなに広くなる。昼過ぎになると,川に太陽が差し込み,眩しい反射をする。ただでさえ明るい九州だが,私の思い出はたいてい眩しい光のもとにある。夏ともなると,焼け付くアスファルトをひたすら見ながら歩いていた覚えがあるのだが,それはきっと,光が眩しかったからという理由もあるような気がするのである。
正面に見える権現山はミカン畑が並び,熊本市のミカン試験場もある。少し奥には,有名な装飾古墳である千金甲古墳 もある。そういえばこの広い川の堤防から,魚釣りをしていて転落し,鎖骨を折ったのは中学2年の頃。仕留めたライギョも大きかったが,被った痛手も大きかった。
で,こちらが高橋小学校。3年生の時まで純木造の校舎で,4年からこの鉄筋校舎になった。目の前の部分の一階は職員室や図書室,理科室など。その上の2〜3階は体育館。今ではそう珍しくもない狭い敷地における学校建築のスタイルだが,当時体育館が組み込まれていたのはとても斬新に見えた。眼の前にある花壇も,最初はみんなで石をのけ,花を植えて整備したのだぞ。甥姪もここに通い,今は長兄の一番下が通うのみ。3階建てという学校に入って初めて,景色の美しさがわかるようになった。6年生の教室と音楽室。最後の1年はほとんどこの2つにいたのである。遠くまで広がる畑地には,キラキラ光るビニールハウス。そして遠くに見える山。近くの山の色が緑で,遠くなると青くなるという知識も,この時覚えたのだ。小学校の記憶は,外の景色の記憶。如何に授業を聞いていなかったかがよくわかる。成績が大して振るわなかったのもよくわかる。
いつの間にか「県民百貨店」なるところになった旧「岩田屋伊勢丹(その後くまもと阪神などに変遷)」から熊本城を見る。小さい頃,このエリアにこの百貨店以上に高い建物はあまりなかった。15階建ての市役所ができたとき,それはそれは驚いたものである。お城の裏には,通った熊大附中がある。お城を抜けてここの裏にあるピアノ教室まで毎週通ったものである。今は流石になくなっていたが,教室の隣にあるボーリング場は健在だった。そして,その時と同じ匂いがした。あの匂いは何からできているのだろうか。
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September 12, 2011
先週は休暇をとって熊本まで行った。何度となく繰り返しているが,年を追うごとに熊本も新しくなり,私の方は離れている期間が長くなり,そろそろ青年期までの記憶が怪しくなってきた。年に2度熊本に帰省したとしても,もう100度はないのだ。
今回,たまたまレンタカーを借りて動きのいい帰省となった。おまけに生家の方にも立ち寄ることができた。そこで,少しでも記憶をたどっておこうと,古い足跡をたどってみた。
熊本といえば阿蘇なのであるが,熊本市民にとっては同じくらい重要な「金峰山(きんぼうざん)」である。生まれた松尾町は,その中でも最も山に近いところである。なにせ頂上も同じ松尾町なのだから。多くの熊本市民はこの山を西側に見ることが多いが,私はほぼ南側からこれを見て育った。麓の山々は雑木林とミカン畑である。目の前には田畑と新興の住宅地,そして汽水域にさしかかる川幅の広い幾つかの川という,まあ「田舎」なのである。
そして十数年ぶりに隣町,小島(おしま)町へ。私の小さな頃,ここには小島幼稚園という小さな幼稚園があった。のびのび育てるというよりは,むしろ厳格な統制のところで,お遊戯,折り紙,ドッジボールなど,どれをとっても徹底的にやらされた覚えしかない。幼児の私には分からないのだが,お遊戯などは列一つずれることなく,動きも一糸乱れることなくというものだったらしい。
個人経営(先生すら姉妹だったのだ)であったこともあり,卒園して数年後に閉園。跡形もなくなっているのではないかと思われたが,建物を除き敷地は昔のまま残っていた。門もしっかり残っており,往時を懐かしむことができた。隣は醤油工場(濱田醤油)。昔は毎日醤油の良い香りがしていたが,今はそれなりに近代化されたらしく,昔よりうんと綺麗なところになっていた。
そこから程なく歩くと,小島河原とよばれる白川の下流域。この道の遥か向こう,2kmほどしばしば往復させられた。中には走って行く子もいたのだが,私はいつも後ろのほうでとぼとぼ歩いてきた。歩みが遅くて何度か叱られたことを覚えている。おそらくあれは強歩ではなくマラソンだったのだな。風景だけは良かったのだが,物がなしい記憶しかないのである。私は昔から,ズレた子供であったことは間違いない。
もう少し海側まで走ると,あっという間に有明海である。生家から6〜7km程度なのだが,こちらまでほとんど来たことがなかった。10代になって,自分で遠くまで行けるようになったり,両親が車で行き来するようになったりしてやっと知った風景。海苔網と干潟のイメージの強い光景だが,今日はたまたま満潮で美しい青の海。遠くに雲仙や三角半島が見える。海の記憶は少ないが,この遠くの山はよく見知ったものである。下手をすれば阿蘇の山並みよりも馴染みが深い。
家の中で本を読んだり玩具で遊んだりの多い子供だったが,それでも小学校に上がって遊ぶといえば,山に分け入って竹を切ったり,それで釣り竿を作って鮒を釣ったり,藁束の中に飛び込んだりと「古き良き時代の子供」を地でいったものである。幸い生家の地域は,開発が遅れているのと,山の斜面が比較的急で開発しにくいこともあって,割に変わらない風景を見ることができる。
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September 09, 2011
ふと古い書類を整理していたら,10年前に大学に来た時の「新入教員紹介」が出てきた。
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大学の先生という「お仕事」
一般学科講師 荷方邦夫
教わる人より「先に生まれた」、という理由で自分の知識や技術を伝える役割の人。それが先生の語源でしょうか。もっとも古くから存在する「情報産業」の一つかもしれません。生まれてこのかた30年、この先生という仕事と密接に関わってきました。両親ともに学校の先生で、長兄も先生。親戚にもたくさんの先生がいます。幼稚園から大学院までの25年間は「先生」のもとで勉学をしました。大学入学からの10年は、予備校や塾で国語や社会を教え、大学や専門学校の非常勤講師、はては合唱団やブラスバンドの指導者と、「先生」と呼ばれる世界ばかりを歩いてきました。大学で学んだ学問は「教育心理学※」、人生そのものが先生と生徒(学生)を見つめる毎日ともいえるでしょう。
そんな男がこともあろうに美大の先生になった。果たしてどうなるのか?。蓋を開けてみると予想以上に多くの仕事があると分かりました。講義はもちろん、大学に関わる事務や運営、学生相談室のカウンセラーもやっています。さらには研究や著作、その他エトセトラ…。ひょっとして先生というのは「先(ま)ずは生きている」の略だったのかな?
そんなこんなでバタバタした毎日を送っていますが、やはり中心になるのは学生のこと。どういう仕掛けで学生に知識を伝え、どうやって一人一人を理解し、立派な大人になろうとする君たちをサポートするか。そんなことばかりを毎日飽きずに考えています。
もともと人が大好きで、人前にでることも大好き。小さい頃は音楽家や役者のような、ショービジネスにあこがれていました。その結果選んだステージが、教壇という場所。演じるプログラムは、心理学という人に関わる世界です。これからも、力の限り先生であり続けたいと思います。ともかくは、学生の皆さんより先に生まれたのですから。
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そんなことを考えていたのか。確かに学校の機能として,「若い人を今より大人・市民にする」ということを念頭においているのは今でも同じかも。先生が「先ずは生きている」の略くらいに思っているのも変わらないか。でも10年経って,教員として生きることの位置づけにあれこれ理由をつけなくなったし,先生であることに努力を意識しなくなったことも確かだ。悲しいかな,今は何をしても先生にしか見えないという有様かもしれない。
こんなのが出てきたのは汗顔の至りなのだが,どS なので,自分に対するサディスティックな行為としてまあご披露。
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August 30, 2011
・明日から9月の中旬(20日ごろ)まで,出張のオンパレードである。明日は豊橋へインタビュー,3日からは福岡へ学会でお勉強。そして15日から18日は東京で日心とやはりインタビューをハシゴ。その間ちょっとだけ休みをいただいて熊本の実家(4日ほど)と,この3週間については金沢に半分も住んでいない。この夏休みのワタクシは,まさに飛び回る研究者なのである(這いずり回るという気もしないではない)。
・こう書くと「あっちこっち行けていいねえ」くらいに言われてしまうのだが,実際はそう簡単でもなく,短い金沢在宅の間に,計算しながらゴミを捨て,洗濯などもそれなりに計画的に行い,会議その他の在席すべき日程を合わせるなど,それはそれで意外に大変である。
・出張はiPadで,という体制はすっかり板についており,今回はインタビューの内容などもiPadに入れてという大変ありがたいことになっている。とはいえさすがに熊本帰省の時には,MacbookAirの方も持っていくことになった。帰省といっても,大体ヒマなので,書ける文章は書いておきたい。そういう時はやはりPCなのである。それならiPadを置いていけば?となるが,これまでも触れた通り実家にはネット環境がない。したがってiPadは唯一のネット環境になるのである。こればかりは重たくしても仕方ないねえ。
・もう一つの気がかりは,その分スポーツジムに行く日も少なくなるということである。熊本ではある程度ウオーキングなどで頑張ったとしても,その他の場合は飲食も重なるだろう。これであまり体重増加に拍車をかけないようにと,今から悩ましく思うのである。
そんなわけで,しばらく金沢から離れたところで生きていきます。何か新しいアイディアや気づきがあるといいなあ。
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August 24, 2011
そろそろ飽きた方も多いかもしれないが,Macmini絶賛使用中である。とにかく速さとか画面とかそういう問題が解決したのは大変ありがたく,毎日ニコニコして使っている。それと同時にいくつかの問題が。
一番の問題は,OSがLionになったこともあり,一部の周辺機器が使えなくなったこと。そして,新しいデバイスの採用と同時に,ちょっとした不具合をクリアしたくなる動機が強くなったこと。昔なら「根性で慣れる」ということをしていたが,最近は「そうか,こういう便利な道具があったらそれも...」といった傾向が強くなっている。今欲しいのは,ペンタブレット(今ではPDFなんかも手書きの書き込みができるというではないか!),携帯型のHD(今回久々にデータのバックアップをとるということが大事だと痛感した),新しいスキャナ(10年使ったので)などである。いずれにそう高いものではないが,どれも自分にとっては「欲しいよ〜」である。
いつも思うことであるが,やはりMacを買い換えるということは,新しい技術に自分の生活をリニューアルするという側面がある。その昔,古典的なオーディオマニアだった私が,音も大して良くないiPodを採用したのは,G4cubeという名機に更新した時だし,ほとんどの文書をMSWordに切り替えるという,昔で言えば「軍門に下る」選択をしたのも,G5の爆速の機械にしたからであった(それまで,MSは本当に腹が立っていたのだ)。
おそらく今回の更新で,クラウド化などの新しい変化があるだろう。最先端にいることはないだろうが,もう少しの間デジタル機器を一線で使用していたいなあと思うのである。
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August 19, 2011
とりあえず1週間ほどたったわが新しいMac。これといった問題はなく使われている。ともかく起動も早くなったし、とりたてて何かが遅いとか不便とかいうことはなくなった。重くなりそうな画像やAdobeのソフトの処理もまずは大丈夫そうである。
しかしながら、いくつか課題はあって、研究室内を無線LANで構築する作業は滞ったまま。その他の設定もちょっとだけ移行が遅れている。スキャナも新しいものに更新したほうが良さそうだということもわかってきた。そしてなにより厄介なのは、新しいTrackpadが慣れないというか、微妙に使いにくいというか。精細な操作をする時には、まだまだマウスのほうがずっと便利だという印象を持つ。このままマウスを使い続けるか、あるいはこの際タブレットを導入しようかと迷うところである。
今回ディスプレイも更新し、横方向が非常に広くなった。ひょっとするとこれが体感では最も便利になったのではないかという思いもなきにしもあらずである。
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August 15, 2011
大学院に進んだからといってその時点で「研究者」になれるわけではない。研究者も画家もスポーツ選手も、「デビュー」が必要である。画家なら公募展に入選することや画廊がつくこと、スポーツ選手なら大きな大会で優勝したり記録を更新したりである。研究者の場合、「論文が査読(審査)のある雑誌に掲載される」ことである。研究テーマが決まったら、あれこれ先行研究を読み漁り、新しい発見を導く実験や調査をする。その結果新たな事実が検証されたら論文にして投稿、度重なる審査を経てやっと掲載。大学院生の目標は、この1つにある。これがなければ学位も取れないし、研究者としての就職もないのである。
当然私もこの目標に取り組むことになる。なんと言っても勉強が嫌いなのだ。とうぜん「もっと勉強が楽になるように」、つまり教育の改善に貢献するべく頑張っていた。しかも当時は認知心理学の元気が良い頃、多くの院生が記憶だ視覚だと人間の頭の中の働きの解明に挑んでいた。私もその中の一人であり推論や問題解決といった「思考」の研究をしていた。そんなわけで、簡単には解けないはずの問題をわかりやすくしたり、その解き方を来週まで覚えておけるような学習はどうしたら支援できるかなどについて試行錯誤の毎日である。
しかし、成績の上がりそうな仕掛けを仕組んでも、実験に参加した参加者の成績は一向に上がらない。ついに修士論文では、手がけた実験のほとんどに期待した結果がでないという惨憺たる結果に終わる。その他の取り組みも、ことごとく失敗に終わっていった。同期の多くは、ここで分水嶺を迎える。期待した結果が出た院生は、そのまま論文を書いて投稿し、1年〜1年半の後に雑誌掲載、2〜3編の「デビュー」を果たせば博士になれる。結果のでない院生は同期に水を開けられ、焦りの中で研究をすすめることになる。やがて意欲を失うようになるとドロップアウト気味になっていき、ある者は進路変更を、ある者は研究の一線から外れていく。
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August 14, 2011
学校が嫌いなわけではなかったが,きちんと黒板を向いて先生の説明を聞いたという覚えがない。小学校中学校の記憶は,窓の外か机の上の資料集。小学校の窓の外に広がる山のディテールは今でも忘れないし,授業とは関係なく眺めていた国語の物語文は暗記できるくらい覚えている。要は,授業に参加していたわけではないということ。面白いことに,社会や理科はそうやって資料集を暗記するくらい覚えれば点数は取れる。国語だって,ある程度は取れる。どうしてもダメなのは,数学と英語。これは「勉強」のたまものである。したがってずっとこれら2つが苦手である。点数がとれたのは,2度目の高校入試の時だけ。このときはさすがに両方とも満点だった。
大学入試のとき,これはさすがにネックになった。数学はセンター試験だけ。半分は取れないと覚悟したが,たまたま好きな女の子に「これ解いて」と頼まれた問題がそのまま出た。これで選択問題のひとつを満点にし,かろうじて助かった。英語も国立大学に入るには惨憺たるものだったが,二次は単語を丸暗記し,勢いで400を超える構文と英作文の例文200くらいを丸暗記し,文法は置き去りにして合格した。第2次ベビーブームで,中堅の私立(日東駒専あたり)すら難化した時代である。よく合格したと今でも不思議に思う。良くも悪くも,理科や社会で満点を稼げること,国立大は受験教科が多く,得意教科で穴埋めが可能だったことが幸いだった。
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August 13, 2011
「先生は,なぜ心理学をやろうと思ったのですか?」
時折訊かれる質問である。高校を落ちて一年浪人したニカタは,大嫌いな「勉強」ができないことが悔しくて,何とかこれを上手く学べないか知りたかった。聞きかじりの知識で何となく選んだ進路が心理学。このあたりは昔のエントリ に詳しい。「では,なぜ大学の先生になろうと思ったのですか?」と訊かれると,こちらは非常に困ってしまう。学生の納得するような理由はないからである。
大学に入学して,真面目な大学生をやったわけではない。多くの大学では,1年生はおおよそ教養の授業が多い。確かに面白い講義も多かったが,心理学とはほとんど関係のないものばかり。自然と興味は他にそれていった。2年生になって心理学の概論や英書購読も始まったが,もっと面白くなくなるばかり。英語は苦手だったし,それぞれの心理学の授業で面白いものは少なかった。サークルに塾講師のバイト,あとはできたばかりの彼女に費やすばかり。大学なんて,結構どうでもよかったのである。
いや,どうでも良かったのは大学だけではない。就職も興味が薄れ気味だった。もともと高校の先生になろうと思って入った大学ではあったが,このころから教員採用試験の倍率はうなぎのぼり。自分みたいな不まじめな学生では到底受かりそうではなかった。勉強ができない恨みつらみは,先生になってできない生徒をきちんと教えることで晴らしたかったが,それも叶わなそうであった。当時はバブルの余波がまだ残る頃。就職の口はまだあったが,どれも興味のあるものではなかったし,世の中の歯車の中に組み込まれても,きっと上手く回れないだろうと思っていた。毎日ケアレスミスばかりの私が,経理なんかに配属されたらと思うと,もう恐ろしくて仕方がなかったのである。
なんのことはない,今の学生にもよくいる「何かしたいけど,何もできなくて正面から向かわない」タイプなのである。ズルズルと,バイトと彼女に明け暮れながら3年4年になった。ただ,授業を欠席することは少なかった。当時の彼女が真面目な人で,毎日授業に行っていたから。学校に行けば彼女に会える。二人で朝を迎えても,朝早くから学校に出かけるのだからついていかざるをえない。日本の大学は,優秀でなくても出席していれば単位は大抵取れるのである。後に留年せずに卒業したのは,自分の努力ではなく,彼女によるところが大きい。
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August 12, 2011
かくして我が研究室にMacminiがやってきた。昨日からいろいろ試しているところである。大して仕事らしい仕事もしていないのだが、とりあえず何かの処理がやたら遅いということはない。しかし、である。移行アシスタントが使えなかったことは非常に困ったもので、G5からLionへの移行は素人では絶望的に近い。そこで、コンパクトフラッシュなどをつかってちまちま移動させているが、これだと大きなフォルダのファイルは気が遠くなるほどの時間がかかっている。
こういうので苦労していると、お金がかかってもクラウドを選択するべきではないかと本気で思ってしまう。第一、iPadであれなんであれ、母艦が変わったらもう一度母艦の設定からやらないと、すべてが消去されるようでは困るのである。
ともかく、なれない仕事をずっとこなしながら今に至っている。今日も何時に終わることやら。
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