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April 26, 2005

原因究明と「悪者探し」は違う

今回のJR福知山線の事故は,実に痛ましく,世の不条理を感じずにいられない。被害にあわれた方やその関係の方々には,心よりの同情を申し上げる。

 さて,いよいよ事故原因の解明が始まっている。実際問題として,スピードの超過や時間に対する心理的圧力,カーブの構造など,恐らく問題はたくさんあるのだろう。事故究明担当の研究者らが「色々ある問題を,解きほぐしていく」と答えたのは実に誠実な回答だったと思う。これに対してマスコミの論調は「悪いのはどこだ」的発想である。いつもとは違う,あるいはいつもある訳ではない状況,すなわち「異常」な事態に対して,答えを求める姿勢が性急に過ぎるように思う。
 常ならぬ「異常」に出くわしたとき,人はその状況を「辻褄の合う状態」にしようとする。このような心の働きを「認知的不協和の解消」という。よく分からなくて気持ち悪い「不協和」をなくしたいというわけである。この不協和の解消は,必ずしも正しい理由によって解消しなくてもいい。つまり,「辻褄が合う」のならOKな訳である。時としてこの不協和の解消へのベクトルが強いと,ステレオタイプなどの「誤解にもとづく判断,帰属のエラー」を引き起こすことになる。どうも一部マスコミの論調は,これを限りなく助長しかねないと思わせる部分が多々見られる。
 不協和の状態が気持ち悪いのは重々分かるとして(私とて同じ),もう少し「待ってみて」はどうだろう。それは救出状況なども同じで,正式なステートメントの表明まで待つのは,不要な混乱を避けるものと思われる。大体人の声1つが大きく救出を左右するような状況で,何機もヘリコプターを飛ばして取材をするあのセンスは,どうも納得がいかない。

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