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September 12, 2005

柔軟な知識,柔軟な思考@日心(1)

 ただいま日本心理学会が終わったところ.今回は鈴木先生楠見先生とのワークショップや,その他の類推研究などを聞いて,インスパイアされる.
 指定討論があの波多野先生ということもあって,思いっきりビビっていたのだが,幸いとても優しかった.はっきり言ってコメントは絶妙.そして絶対私より,よく分かっていらっしゃる(当たり前だけど).今回の成功の半分は,波多野先生にあるような気がする.

 改めて思いを強くしたのは,類推で使われる知識というのが,柔軟なのだということ.これまでスキーマのような比較的堅い知識の表象が形成されると仮定されていたが,鈴木先生の生成的視点といい,カスタマイズを伴う知識を仮定する自分の意見といい.知識は可塑性と個別性の高さを持っているのではないかと思う.
 とはいえ,これまでの研究は,類推において人間が非常に「堅い」反応パターンをとることを繰り返し示している.今回の研究でも,スキーマや表象の変容が困難であることを指摘した研究があった.しかし,堅いのは本当にスキーマや知識なのか?堅いのは知識(表象)なのではなく,それを取り扱う人間の視点なのではないか.
 ベースが強固なものではないことを示す例として,鈴木先生はchange blindnessをあげていた.古くは,顔写真を見ても,人間はほとんど同じところにしか視線を注がないという眼球運動測定の研究もある.柔軟なはずの知識や思考を妨げるのは,視点の「堅さ」にあるような気がする.強制的類推や利用可能性の高い知識の構築は,とりもなおさず,この視点が注がれることに成功した介入なんだろうなと思うし,その視点とは,まさに制約の強さに置き換えることもできるのではないだろうか.
 この堅さを乗り越えるためには,元の制約を緩和するような新たな「制約」の導入が必要となる.その意味で,柔軟な知識構成とは,多様な視点を許す制約ネットワークの構築にあるかもしれない.類推研究を面白くするのは,そういうバラエティに富んだアプローチをもっともっと志向していくことと思う.
 そう考えると,自分がしばしば使う「頑健な知識の獲得」というのはおかしくて,正確には「頑健な視点を提供するような知識の構成・獲得」という方が良いようにも思う.だとしたら,波多野先生が言うように「そんな知識が心の中にあるのか」という指摘にも,「あることもある,そのとき構成されることもある」と答えられたのに.

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