心理学者・心理屋の適正数
いくつかのブログ(特に臨床関係者さん,ここなど)で,資格問題も絡んでどのくらいの心理職が必要なのかという議論がされているようである。実際,正確な数の把握は難しいのだろう。
これが教育心理学だと,それはそれで数えられるのかな,という気がする。考えられるベースラインはこれ。
(1)大学の心理学科における,教育心理学領域の専任教員の数
(2)教職課程における,教職担当教員の数。
特に(2)は,比較的明確に計上可能。教育職員免許法なるものがあって,大学の規模によって教職担当教員は2〜4人が必要なので。例えば規模の小さい大学で,2人で良い場合,ひとりは教育基礎学の専門,もうひとりは教育実践学か教育心理学でよいというもの。保育も同様で,発達心理学の頭数はある程度はっきりする。
こう考えてくると,教員のことだけ考えると,全部のパイを35くらいで割る(1教員の在職年数程度)。実際どうなんでしょうね。博士後期課程の定員総数の半分くらいなのだろうか。当然内部で「淘汰」なるものが生じる。その結果が今のような状況なのではないかと。
議論の進むブログでの問題は,「ニーズに適う定員くらいの院があればよい」という論旨なのかもしれないが,考えてみれば「淘汰」はどこにでもあるわけで。教員養成系の大学でも実際に教職につくのは3〜7割程度の成就率のようだし,最近の専門職大学院も淘汰はあるようだし。その意味では,雨後の筍のように大学院ができても「それはそれで」なのかもしれない。むしろ,行けば職に就けると思っているのが「甘い」といってよいのでは。
こういう言い方をすると,もちろん自分に降りかかってくるのだが,さすがに「職に就けるとは限らない」事は大学院進学の際に随分徹底して言い含められたので,まあ許してもらおう。後,これもいつも言うことであるが,就職は「時の運」的な不条理も抱えているので,いつの世も私のようなボンクラがなることはある。(というより,凡庸であるがゆえに採用されるようなケースも散見される)。
結論としては,「ともかくおやりなさいな,でも甘えなさんな」という基本は,どこまで行っても変わらないということか。しいて言えば,能力の高い個人が不遇な目にあわないように,評価システムをより洗練することしかないのではないかとも思う。
こと臨床系は専門ではないので,コメントは控えたい。とはいえ,逆に気になるのが一つ,この臨床以外のパイを臨床系の研究者が蚕食することはないのだろうか,という点。ケチくさいことは言いたくないが,教職も保育も,そして教養も扱うなら,臨床以外の能力も当然備えているべきであろう。大学教員になるような心理関係者はさすがに「僕たち臨床だから」などとは言わないのだろうけど。
何となくではあるか,最近この業界も専門化が進んで,「広く浅く」知る人が減ってはいないかと,密かに思ってみたりするのであった。
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