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April 25, 2006

勝手に「闇」にするな

 10代による殺人事件が「また」発生し,このタイプの犯罪にはつきものとなった「10代の心の闇」報道が繁くなされている。それと同時に,精神科医や心理学者,教育評論家のコメントが必ずといって良いほど添えられる。いい加減義憤に駆られるので,一応主張をしておきたい。
 「標準的な」心理学では,おそらく次のように考えられている。
・そもそも,人間の心がどうなっているか,直接見ることはできない。心はブラックボックスである。
・このため,その人の心の中を考えるためには,どのようなきっかけがどのような行動となったか,1つ1つ丹念にたどらなくてはならない。それには時間と労力がかかる。
・あらゆる検討を経た結果作られる,「心の動きの解釈」は,常に間違っている可能性を内包している。
 つまり,人間の心の中は初めから「闇」なのであり,これはすべての人に共通。そしてその解釈は容易ではなく,事件の発生直後になされるようなものではない。また,そういう解釈は往々にして「いい加減」になりがちである。

 だからこそ,イージーに「心の闇」にして欲しくはなく,また精神科医や評論家といった「専門家」によるイージーな解説も限りなく避けて欲しいと思うのである。たとえこれから先本人によって語られる「心」が,多くの人にとって「共感しがたい」ものであっても,それは古来から「不条理」などといった言葉で説明される「理解可能なもの」である。世の中には例外的な事例というものはあり,そしてその事例というのは意外と高い頻度で発生する。確率として1万人に1人しか起こさない「特殊な」行動も,1億人の人口を抱える日本では,1万人程度が起こすのだから。
 マスコミも情報を受けとる側も,これらの事件を異常だとセンセーショナルにとらえず,なぜそういうことが起こるのかを「理解」して欲しい。共感はできなくとも,理解することは必要。その努力を怠るならば,ただの馬鹿ではないか。
 そして,勝手に異常に仕立て上げて,「自分とは違う」ものにして自分を楽にして欲しくないものだ。恐らく私ですら,100%大丈夫とはいえないだろう。確率は常に残されている。この辺りを受け入れることが,異常な出来事の理解をスムーズにするように思われる。
 私の見るところ,もっとも賢明ではないのは,センセーショナル・ジャーナリズムを志向するマスコミ,次にイージーに解説をし,名誉と経済を満たす解説者,そして安易な受け手。これらはさも正しいように問題を論じる私と同様に「賢明ではない」と思うのだが,どうだろう。

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Comments


私の知っている心理学の先生は、マスコミを前に、青少年の犯罪のコメントで犯罪者が実は「普通の少年」で、過去に心に傷を負った孤独な少年、助けを求めていた少年として理解しようとしていましたが、
その先生のHPでは、犯罪被害者の家族からの悲痛な訴えが届きます。「これ以上私たちを苦しめないでください」と。そしてこの犯罪被害者に同情する意見がどんどん届きました。

テレビ番組はもともと人気勝負だからより多くの人が共感するように、犯罪者の異常性、残虐性に対する驚き、怒り、被害者家族の涙の訴えと同情…そのようなもので構成されている気がします。感情で受け止め感情で怒る視聴者が多いのも事実だし、、。
そして心理学者の意見もそれに合わせて微妙に解釈しなおされているときもありますし、、。

センセーショナルな報道の底には経済力学が働いているような気がします。そして、センセーショナルな報道は人の心をつかみ、時に過激な力を生み出してしまうから怖いですね。

Posted by: LaLa | April 27, 2006 at 07:24 AM

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