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April 15, 2006

自分への根拠のない自信の功罪(再掲)

2004.01.07 自分への根拠のない自信の功罪  
・ 来週末はセンター試験。そろそろ大学入試も盛り上がる時期で、新聞は毎日あちこちの私大の広告が並ぶ。多くの若い人が大学に進学するということは、とりもなおさず自分自身の身分が相応に安定するという意味でも重要だが、世の中にそれほどのホワイトカラーの需要があるのかは疑問。それは特に大学院に関して顕著で、アカデミックポストの需要から考えれば、こんなたくさんの大学院生は要らないだろうという気がする。
 実をいえばかくいう自分だって、大学院に行くときには「安易に進学しないように」と先生や先輩に釘を刺され、それでも入った覚えがある。入ってから(今でも)「この進路さ選ばなければ」と何度も後悔もした。就職はなく、身分は30まで安定しない。決して割のいい話ではない。それを支えたのは「他の人はいざ知らず、自分だけは人と違って成功する」という根拠のない信頼だったのではなかろうか。若いというのは常に生意気を包含するという典型例。
 プロのミュージシャンを目指す10代の若者も、「会社があわない」と言って院に戻ってくる20代の若人も。一定数の割合でこの「根拠なき自信」だけで入ってくるような部分がある。そして現実とのギャップに苦しみ、また失敗したときのリスクへの対応に無頓着なあまり、崩れていったりする。ただし時々宝くじに当たるような確率で、能力以上の結果をおさめるものもいる。それがまた若い者を刺激し、自分だけはその僥倖にあずかれると信じている節がある。かくして、ある種の「夢の見やすい」大学に学生が押し寄せる。カウンセラー養成の大学院などは、それをよく示している。
 とはいえ、そういうハイリスクの中から、時々ものすごいリターンをするケースがある。がらくた債券(Junkbond)ともいえる。これが学問や発明を支えてきたのも事実。社会はそういうがらくたも含めて上手くいくようにするのが健全なのかもしれない。もちろん夢を追う者も大学人も「どこかで見極めて、引導を渡す」ことも必要となるだろう。

・思いっきりウケたが、実際そうだと思う一言。
 「仕事をしないで、仕事の仕方ばかりを考えている人がいる。研究をしないで、研究の仕方ばかりを考えている人がいる。そんな人が1割いるようなら、その知的環境は好ましい。(海保博之)」。そうなりかねないので、気をつけなければ。

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