カツ丼学概論 第1講 「カツ丼の歴史とその展開」
新装版への序文
「カツ丼学概論」は,私のホームページ「ジャズと認知とエッセイと」のコーナーとして古くから存在するコンテンツである。はじめに申し添えておくが,本コンテンツは「 日本における著名な丼物であるカツ丼について、その現在的意義について、栄養学的・美学的・社会学的見地から講義する。カツ丼の基礎的知識を修得し、社会における基本的なカツ丼に対する見方を養うのが本講義の目的である。」というテーマをおいて,カツ丼を研究しようという「ペダンティックなシャレ」であり,実際の学術的な意味は全くもってない。それでも時折真剣な発言を返す御仁もいるが,その点ははっきりと理解頂きたい。
このコンテンツは私にとって思い出深いコンテンツであり,まだ個人ウェブがそれなりに未発達だった10年前に,かすかに取り上げられたりした。そのなかでも2001年夏,日本テレビ「ニュースプラス1」からの取材(制作は有限会社レック)を受け,「究極のカツ丼を作る」という特集の為に「カツ丼博士」として出演し(まだこの頃,私は本物の学位をもっていなかった...),わざわざ大阪北新地のK田川某の店まで訪れてカツ丼を食したことは,私の中での「シャレが生んだ最大のイベント」である。残念なことにこの企画は諸事情でお蔵入りし,日の目を見ることはなく,当時貰った「日テレ,なんだろう君グッズ」だけが当時の面影を残している。そんなこんなで,まあとにかくよろしく。
今回,ホームページを整理するにあたり,本コンテンツをブログ化し,更に数回の新規講義を行おうと考えている。履修登録が必要なものは,学務システムに直接入力の上受講すること,なお聴講・薩摩守は大いに歓迎である。
「カツ丼学概論(講師:荷方邦夫・1単位・コア的科目)」
シラバス
日本における著名な丼物であるカツ丼について、その現在的意義について、栄養学的・美学的・社会学的見地から講義する。カツ丼の基礎的知識を修得し、社会における基本的なカツ丼に対する見方を養うのが本講義の目的である。
尚、本講義におけるカツ丼とは、最もポピュラーである卵とじ型のカツ丼に限って講義を行う。一部地域でバリエーションとして認められるソースカツ丼・ドミグラスカツ丼に関しては、隔年開講の「カツ丼学特講2」において講義する。また、演習として「カツ丼学演習1」も開講されるが、これは家政学部の科目のため、必ずしも同時履修を必要としない。ただし、演習を受講する場合、本概論を履修することが必要である。
教室:未定
時間:未定
テキスト:特に指定しないが、東海林さだおの一連の著書「丸かじりシリーズ」やオレンジページ・TANTOの別冊に掲載のレシピなど、適宜文献を持っているとより一層の理解が深められるであろう。
第1講「カツ丼の歴史とその展開」ー そのヒットと普及について ー
カツ丼の歴史は、大正時代にさかのぼる。当時私学の雄としてその存在を確立した早稲田大学の近所の定食屋で、そのころ普及しつつあったトンカツにソースをつけて供したのが発祥と言われる。その後に現在最もポピュラーな「卵とじ式」のカツ丼が考案されたと考えられている。この卵でとじるという発想は、親子丼に限らず、江戸期から下町で愛好された「どぜうの柳川」の応用であると考えて良い。良好な蛋白質であるが、当時高級品とされた肉・魚類をさらに卵という蛋白と合わせるこの食品は、当時の人にさぞかし魅力を与えた物と思われる。
親子丼、柳川はあくまで鶏肉や泥鰌といったそれだけでは物足りない食材を、卵と合わせることで一つのゲシュタルトとしての風味を確立しているが、カツ丼はただトンカツ一品でも十分贅沢な料理として通用するものを、わざわざ調理したところに違いが見いだされる。価格においても十分な存在感を与えたであろうこの食品は、少なくとも当時の一般庶民にはある程度の驚きを与えたと推測されるが、「宵越しの銭は持たない」的きっぷの良さをその美学としてもつ江戸っ子にとって、最高の贅沢的発想であったに違いない。また大正期において、大戦景気による日本の急速な経済成長によって発生した成金による、これでもかと言わんばかりの経済美学が、このような発想のものに特に共感をうけたと考えることも出来よう。
こうして人気メニューとしてその座を確立したカツ丼であるが、それだけではその定食屋の人気メニュー、あるいは定食屋のメニューとして、現在における「焼き肉定食」程度のヒットとしかなり得なかったかもしれない。ここにカツ丼普及のもう一つの原因が想像される。「蕎麦屋」の存在である。
江戸時代からの外食産業として、当時から蕎麦屋はあちこちに存在した。蕎麦屋がカツ丼を供するようになった時期は定かではないが、この蕎麦屋の存在は現在の普及に大きく貢献している。蕎麦屋はその主力メニューとして「天麩羅蕎麦」ないしは「天ざる」を当時からもっていた。すなわち揚げ物をつくる基本的な条件はすでにそろっており、すでに天丼などはメニューとして存在したと考えられる。またカツ丼の主要な構成要素は他に卵・タマネギ(あるいはネギ)・だしという蕎麦らならまず常備する食材である。この蕎麦屋が、同様に作ることの出来るトンカツに興味を示さないはずはなかったであろうと推測される。
かくしてカツ丼は、急速に蕎麦屋のサイドメニューとしてその献立に1行をおき、どこの町内においても食することの出来るものとして普及したと筆者は考える。
蕎麦屋への普及に関する時系列的な検討については、さらに研究が必要と考えられるが、本仮説はモデルとして十分な妥当性・信頼性を持つものと言えよう。
それでは今回はここまで、次回はカツ丼の要素について講義を行う。
(課題)近所の蕎麦屋(なるべく老舗に見えるところ)へ各自おもむき、店の年寄りに、カツ丼がメニューに掲載されるようになった時期をきいてくること。もし提出した場合、成績に加味する。
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