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September 27, 2006

弟子を教えるということ(再掲)

弟子を教えるということ(初出,1999年頃)

 よくテレビなんかで職人さん達の仕事の特集をやることがあります。皆さん本当にすごい技術をお持ちで、私なんか単純に驚いたりするんですが。ひとつ気になることがあるのです。それは、お弟子さんの教育です。時にはやさしい師匠もいらっしゃるのですが、概して多くの親方というのは、相当「厳しい」方が多いのです。

 「お〜いおい、何やってんだよう。ちゃんと言ったじゃねえか。てめえ」なんて具合ですね。きっと教わる側の弟子からしてみれば、一回でわかるもんじゃなし、もう少し優しくしてくれてもイイじゃないと思ったりもするんだと思います。

 おまけにこの場合必ずしも「わかる」様に教えてくれるものでもないのです。「てめえ、こうやって見せてるじゃねえか、師匠のやることちゃんと盗まねえと、一人前にはなれねえぜ」

 そんなちゃんと出来るなら、分かるように教えてくれてもイイじゃんと思うのですが、これもないのですね。この2つ、職人の世界に限らず、お芝居の世界とか、音楽の先生と弟子の世界とか、結構いろんな所で見られます。これって一体どういうことなのでしょうか。

 私、実は、「技を盗め」ということは、時に師匠でも「口」では教えられないということなのではないかと思います。師匠が身につけている技術は多くの場合、師匠自身も試行錯誤の結果「体で」会得したものが多いものです。「熟練」という種類の技術は、その多くが自分で知識を顕在化して確認しなくても良いように、自動化・潜在化された知識のことを多くさします。この場合師匠の仕事を常に成功させているのは「カン」と呼ばれる種類の知識で、数学の解法のように完全に「言語化」されたオープンなものではないのでしょう。もしこれを言葉で伝えなければならないとしたら、師匠は自分の技術について再度その内容を構成し、自分の中で適当な言葉に「翻訳」しなくてはなりません。タイミングの正確な時間的内容とか。与える力の物理的特性とか、師匠だって「カン」なのですから、それを「知識」として再構成するのは、かなり困難だと思われます。だから「盗め」なのです。多くの職人さんや芸術家さんの場合、教師の訓練を受けたわけではないので、その指導のカリキュラムがよくできているわけではない。これが一つの理由なのではないでしょうか。

 さらに、指導の厳しさは、「師匠」が受けた指導に依存するのではないかと思います。

 楽聖ベートーベンは、皆さんが音楽室の絵で見るとおり、かなり「激しい」先生であったことが知られています。あまりコミュニケーションをとることが上手ではなかったのでしょう。生徒に無理難題を押しつける。上手く出来なければ肩に噛み付く。小さい子供の場合タクトで手の甲をたたくなど、とてもではないがその「悪教師」ぶりが伝えられています。このベートーベンが例外にも「優し」かった生徒がいます。教則本でおなじみのチェルニーです。彼に不用意に叱りつけた際には、謝りの手紙を送ったほどですから、その違いは歴然としています。

 実はそのチェルニーはまたリストの師であり、とても優しい人だったと伝えられています。この一例だけで事を片づけるのは危険ですが、私の身の回りの音楽家にもこのような例はたくさんあって、厳しい先生のときには「俺のときはもっと厳しかった」なんて言葉が出てくることさえあります。逆に優しい先生というのは、その人の性格だけでなく、その先生の経験によるところも大きいようです。

 社会的学習理論で有名なアメリカの心理学者バンデュラは、このような現象を「モデリング」という言葉、すなわち模倣で説明しています。人間は多く模倣によって学習を行い、自分の知らない未知の条件は比較的学習が困難なことが知られています。職人にしても音楽家にしても、一人前になるには相当の時間が必要で、模倣するには十分すぎるくらいです。そこで、新しく自分が弟子を指導する場合、自分で「考えて」何か指導するカリキュラムを編成するくらいなら、少なくとも「自分」を一人前にした「、慣れた」カリキュラムを選択する方が、教育に必要となるコストは小さく出来るわけです。

 結論。良き職人は、必ずしも良き師にあらず。なのですが、ではなぜ弟子はそれに我慢するのでしょう。それも、これらの世界は徒弟制が色濃く残り、他の師と比較する機会が少ないこと。そして、「職人の世界はこんなものだ」という社会的状況が、弟子に他の可能性を考える機会をあまり与えないということなのでしょう。

 慣れた仕事でも必ず反芻して、常に顕在的な知識の世界にしておくこと。教師には心すべき格言です。

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