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October 03, 2006

カツ丼学概論 第5講「カツ丼の美学的一考察」

第5講「カツ丼の美学的一考察」

 今回は特別に、カツ丼が持つその幸福・哲学、そしてあり方について論じることとする

1 カツ丼は何故人々を幸福にするか

 われわれ日本人にとって、カツ丼はささやかな「幸福」をもたらす食品である。日常が「ケ」と呼ばれる世界で満たされる日本の精神構造において、カツ丼は日常にひとつの特別の時間を提供する食べ物というべきであろう。しかしそれは現代思想で取りざたされるところの「ハレ」の、「ディオニソス的」祝祭のような派手なものではない。あくまでカツ丼は、日常における幸福である。


 田中美知太郎は自身の幸福論において、次のように幸福を説明している。
  つまり幸福は、私たちの生活が向上し、善美ななにものかが付け加えられる、その一歩一歩ののところに見いだされるということができるであろう。私たちは絶えず「よりよい生活」を求めて、現状に何か不足を見つけなければならない。「せめて・・・・だけは」という最小限度の要求を持って、私たちは出発する…
 この説をとればカツ丼は、私たちの生活の中で「付加される『善きもの』」という何ものかを持っているのではないかと思われる。ではカツ丼の持つ「善き」ものとはなんだろうか。

1)その豊かな栄養…前講で触れたとおり、カツ丼は非常に高い「スタミナ源』である。食品としてのカツ丼は、「善き」特性を持っている。
2)その価格…カツ丼の価格は通常600〜1000円。吉野家の牛丼よりはずいぶん高い。「ちょっと張り込んで」食するものであるが、「うな重」のように一段決断を要するものではない。日常の生活に、+αの価値を付加するもの。それがカツ丼である。
3)その目的性…カツ丼は、「じゃあ、しかたない。カツ丼!」と消極的に頼まれることが少ない。「じゃあ、今日はひとつカツ丼でも!」と、これから食しようとする個人にとって、何らかの意気込みをもってオーダーされるものである。それは疲れた体のスタミナ源であったり、自己へのささやかな褒賞であったり、しゃにむに食べたくなるその欲求であったりする。いずれにせよ、カツ丼をオーダーする個人の内的な世界には、ひとつの目的性が存在する。これが「現状の不足に与える善美なる何もの」に相当する。
 日常の中に付加されるひとつの「価値」、カツ丼がわれわれを幸福にするのは、その価値観に他ならないであろう。

2 カツ丼は如何に在らねばならないか
 さて、このように日本の風土と精神世界に大きな存在としてあるカツ丼であるが、カツ丼はその存在意義を確固とするためにいかに在るべきか。ここでは、その美学的考察を行う。

1)カツ丼は「卵とじ型」が理想である。
 本講は、いわゆる「卵とじ型」のカツ丼を論じている。歴史上の観点から考えると、その原初はソース系のカツ丼であり、この存在を抜きにカツ丼を考えることはできないであろう。
 しかし、その栄養学的見地(第4講)から、もっともスタミナ源として価値が高いのは、卵とじ型のものであり、またこのスタミナ源としての価値の高低は、カツ丼を「お父さんのスタミナ減」として強く位置付ける日本の社会的風土に大きく関連する。その意味で、卵とじ型のカツ丼を中心として推す根拠があるといえよう。
 さらに、この傾向は、カツ丼のバリエーションの普及度に大きく関連する。言うまでもなく、今日最も普及しているカツ丼は卵とじ型のカツ丼である。多くのバリエーションのカツ丼が人口に膾炙されこの様な形になった。この点を重く捉える必要があろう。

2)カツ丼は具材の「ゲシュタルト的調和」である。
 カツ丼をおいしくするのは、カツか、卵か、だしか、それとも米なのか。
 答えはいずれにしても異なるといわねばならないだろう。特に注意したいのは、「贅沢なカツがカツ丼の本質ではない」ということである。カツ丼を愛好する諸君には自明のことかもしれないが、うまいカツ丼とはよく揚がったカツにしみただし、それが卵にもよく染みとおり、玉ねぎや三つ葉の香りよろしく。間違っても玉ねぎが生煮えで辛くなってはならず。それを全体に含んだとき初めて「カツ丼」のうまさ、を感じるのである。決してどれかが卓越してカツ丼を美味たらしめるものではない。
 心理学は、事象を要素に分解する主義に対し、全体に統合されたときに初めて要素を超えた意味を持つという見方に対して「ゲシュタルト」という主義を与えている。カツ丼は要素の集合ではない、「カツ丼」というゲシュタルト的存在価値を持つのである。
 故に、カツは「厚くてはならない」のである。また、名店と呼ばれるカツ丼の多くは、決して厚みのないカツを使用している。

(課題)今回の講義は,やや古典的な美学観に基づいたものといわねばなるまい。もしポストモダン以降,たとえばポークゲンシュタインの「カツ丼のうまさについて語り得ないときは,沈黙せざるを得ない」やヤキナスの「汝カツ丼を殺す事なかれ」などの言説について考察ないしは異論を唱えるものがあれば,レポートとせよ。この場合,自動的にAの評価を与えるものとする。がんばって欲しい。
(初出2001,改稿2006.10.3)

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