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January 24, 2007

将来の希望は「1つ」か?

 私が小学生だったころ,医者や弁護士,経済学者なんてなったら格好いいなあと思っていた。中学の時は,音楽で食っていくか,あるいはアナウンサーなんていいなあと思い,発音やアクセントに興味を持ったりした。
 実のところ,現在のような心理学で食べていこうと思ったのはぐっと下って大学も終わりくらいの頃。もっと本当のことを言えば,大学院に入っても何かの際にはいつでも方針転換できるように保険はかけていた。教員免許もその1つ。多くの若い人にとって,夢はたくさんあるものであり,そのチャンスは潤沢であるに越したことはない。また,夢が叶う(あるいは,希望が「ノルマ」に変わる)直前まで,その変更も柔軟であった方が良いと思う。
 なぜそんな話をするかというと,どうも政府の教育再生会議が,教員免許を国家試験にしようというのである。以下,asahi.comからの引用
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 政府の教育再生会議が24日、安倍首相に提言する第1次報告で、教員免許を「国家試験」化することが検討課題に盛り込まれる方向となった。教員免許を巡っては、現行の終身有効制をやめて更新制を導入するため、教員免許法の改正案の通常国会提出が検討されている。更新制に加えて国家試験化となれば、教員養成への国の関与はいっそう強まることになり、議論を呼びそうだ。
(中略)
 再生会議では、教員養成課程をもつ大学を卒業生の「質」で事後評価し、合格率が低調な場合は教職課程の認定を取り消す措置の導入も検討されているという。
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 百歩譲って国家試験化をよしとしても,合格率が低調な場合課程認定を取り消すといったことになると,ほとんどの教職課程は「教育学部」ということになり,他学部から教職をねらう有為な人材には不利ということになりかねない。また,当の教育学部についても,他の職種や進路に関する柔軟な変更は「国家試験のための勉強」のために現在より制限され,硬直化する可能性も否定できない。言い換えれば,「教職のための専門学校化」して,他の職種や研究職,あるいは芸術・体育教科の学生で少なからずいるアスリートやアーティストへの道も狭くなってしまう可能性があるだろう。
 そもそも教員採用試験の倍率は高く,医者や薬剤師のように国家試験に合格すればとりあえず職に就ける可能性の高い人と違って,その進路の選択は実にリスキーである。同様に考えること自体に無理があるのではないかとすら思われる。教育再生会議も,「とりあえず理想的そうな」話で終始するのではなく,もっと実情に即したプランを立ててはどうだろうか。
 教員の質の向上のためには,むしろ教員になってからの研鑽に時間と資源を投入できるようにしたりするほうがずっといい気がする。また,それを大学で何とかしたいのなら,むしろ大学の教職課程をずっと軽くして,基礎資格として広く与えるようにし,さらに研鑽を積むためには教職大学院といったチョイスを提供する方が良いのではないかと思う。
 そもそも,国家試験化したとしても,「良い先生」を見分けることは非常に難しいし(医師の質が保たれるのは,「国家試験のお陰」とは思えない,もっと他に理由があるはずだ),だったら現在の教員採用試験の方がずっと難関だと思うのだが。

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