« 「ファンタ・ゴールデンアップル」論争を考える | Main | レコードをもらう »

February 13, 2007

博士の取得は難しいか?

 文系博士の取得率に関して,朝日新聞が記事を出した。概要は以下の通り。
-----------------------------
 博士号は文系の方が理系より難しい――。博士課程の修業年限内に学生が博士学位をどれだけ
取得できたかを文部科学省が初めて調べたところ、文系の学生の取得率は理系の3分の1以下で
あることがわかった。博士号については「理高文低」と言われてきたが、それを裏づけた格好だ。
文科省は「文系は低すぎる。対策を考えてほしい」と話している。
-----------------------------
 ここで文系の学位取得の難易度や,理系の方が良くできているのか?といった問題はさておく。ただ,文系の学位取得を促進するようにと文科省がコメントを出したことには慎重であらねばならない気がする。現在の状況で3年の修業年限のうちに学位を出すとしたら,それこそ質の低下が顕著になる可能性があるからである。
 現在において学位取得の困難さは,とりもなおさずそのハードルをクリアすることの物理的制約に強く影響されている。「良心的な」博士課程を持つ大学は, (a)一連の研究群(10〜15くらい)をまとめた博士論文を書くこと。(b)なおかつ,それらの研究の数点が既に査読を経た雑誌に掲載されている,あるいは掲載されることが確定している。ことを求めている。ここにポイントがある。

 理系や文系に限らず,1つの研究をきっちりまとめるには,少なくとも半年から1年がかかる。先行する研究を丁寧に読み込んだり,新しい調査・実験の手法を考案するためにかなりの時間がかかる領域もある。資料収集やフィールドワークなど,それだけでも膨大な時間のかかる領域もある。それだけでも博士課程の1年はつぶれると言っていい。いや,それで済めば恐ろしくラッキーでもある。
 これに投稿論文を書くという過程が加わる。通常,この審査には,投稿→再審査や修正の要求→採択というプロセスがある。投稿者と査読者との往復は4ヶ月を1ターンとし,このターンが2〜3回になる。査読者の返答が遅れたり,投稿者が修正に手間取ったりするとさらにかかる。心理学を例にとると1年で採択に至ればかなりの上出来であり,2年かかることも決して少なくない。つまり,博士課程において,取得の条件を満たすためには,2年以上の歳月がかかる。
 しかし,博士を年内に取得するためには,少なくとも3年次の初夏から,遅くとも秋口までには審査のエントリーが必要である。となると,投稿論文の査読を考えれば,かなり優秀か,さらにラッキーである必要がある。実際,正規の年限内で学位を取得出来る学生は,修士課程での研究,つまり修士論文が「雑誌に掲載可能」なクオリティである必要を持つことになる。博士をとるためには,修士課程で失敗が許されないという制約があることになる。博士の要件として「自立した研究者としての力を持つ」ことをあげることが多いが,これではその力を修士終了時には持っていることになりかねない。取得率の低下の理由はここに1つある。
 さらに,この雑誌についても,良心的な大学は「少なくとも1本は海外や国内の著名な雑誌である」ことを暗黙の了解としているケースも少なくない。研究者が増加している今日,著名な雑誌への投稿は結構多い。これもじわじわと効いている。これらの理由から,3年で学位を取得することは決して容易ではない。

 もし,現在の研究の質を落とさないように学位取得率を上げるためには,論文査読にかかる時間を短縮する以外にはあまり実効性のあるものは少ないのではないだろうか。事実心理学系の雑誌については,かなり査読時間が短縮されつつある。これは「期限内に何とか」という事情が大きく影響しているのも事実である。自らが関わったことがある査読については,理系の雑誌は恐ろしく速く要求された。これは投稿者には良いことだろう(もちろん内容のチェックの問題や査読者の負担は大きいことになる)。
 もちろん「査読誌であれば何でもOK「」とか,「国際会議のプロシーディングも査読があるからOK」といった,一部の理系や保健系の基準を採用すれば,より速くもなるのだろうが...これはねえ...

 そもそも文系の学位取得者の未来として,そのほとんどが研究職であり,その研究職のポストが払底している今日,学位を乱発するのがよいかどうかも悩ましいところだろう。本来大学院の定員自体見直しても良いのかもしれないとさえ思う。もちろんそうであれば出来の悪い研究者たる自分はひとたまりもなかっただろうが。

 そんな中,ハーバードでは歴史を塗り替える快挙として女性の学長が誕生したらしい。そして,珍しいことに歴史学者である彼女は,学位を持たないらしい。優秀ならば学位なんて消し飛んでしまう実例である。あくまで例外中の例外だが。そういう意味では,「取得率」といった」分かりやすい数値目標に振り回す行政も,それに容易に振り回される大学自体も,考えてみる必要があるかもしれない。

|

« 「ファンタ・ゴールデンアップル」論争を考える | Main | レコードをもらう »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92639/13892686

Listed below are links to weblogs that reference 博士の取得は難しいか?:

» 文系の博士号は難しすぎ?理系の3分の1以下 [ブログで情報収集!Blog-Headline/interest]
「文系の博士号は難しすぎ?理系の3分の1以下」に関連するブログ記事から興味深いものを選んでみました。ぜひ、読み比べてみてください。 =2007年2月... [Read More]

Tracked on February 15, 2007 at 01:46 PM

« 「ファンタ・ゴールデンアップル」論争を考える | Main | レコードをもらう »