春&静養
・気温こそ低いが,日差しの強さで車の室温は暖房が要らないほどに上がり,コートがなくても夜出歩けないではない。金沢もようやく春の雰囲気が訪れる,
・年度末の今日,「余した」有休を使って自宅研究に充てる,と思ったが半分は昼寝の静養となった。久しぶりに身体が軽くなる。おそらく明日から始まる新年度の激闘を前に,つかの間英気を養う。
・気温こそ低いが,日差しの強さで車の室温は暖房が要らないほどに上がり,コートがなくても夜出歩けないではない。金沢もようやく春の雰囲気が訪れる,
・年度末の今日,「余した」有休を使って自宅研究に充てる,と思ったが半分は昼寝の静養となった。久しぶりに身体が軽くなる。おそらく明日から始まる新年度の激闘を前に,つかの間英気を養う。
1年半の時間をかけた教科書ができあがる。生まれて初めての編集本であった。実際のところそれなりに骨の折れる作業で、途中いろいろ思うところはあったが、まあリリースしてしまえば後は野となれ...
タイトルは「『使える』教育心理学」、まあ使えます。データベースを使って用語の収集もしたので、教員採用試験に出題されるような古典的な用語はほとんど網羅されています。
「あんたこれが『りくつな(注:金沢弁で「よくできている」)』もんやよ,食べてごらん」
と近江町市場のいつもの八百屋でみつけたのが「サラダわさび菜」である。どんなものかというと,こういうものであり,レタスや水菜のような食感でありながらわさびのような揮発性の香りがするというものである。最近日本も香りの強い菜物が好まれるようになったのか,こういうものが沢山出てきて私としてはウレシイ!
今日は中華の荷方飯店状態であるが,鯛の刺身を中華風にアレンジして,このわさび菜とナッツ,ドレッシングで頂くことにする。そのほかにも使い勝手がよさそうなので,また考えてみることにします。
・29日に開花予想が出ている金沢。早いところではちらほらと咲き初めの赤い桜が。この寒さも明日までらしいので,おそらく来週日曜はかなり良い見ごろとなりそう。こうなれば花見をしようということになる。日曜日は既に朝から町会の花見がセッティングされている(いや,今回はセッティングする側なのだが)。去年は朝から花見をこなし,その後犀川の別の花見に。さて今年は花見のはしごとなるか?
・とはいえ寒い今日。朝にはうっすらと積雪があり,金沢に来たこの7年の中ではもっとも遅い雪となった。今日27日は私が金沢にやってきた日。そういう訳で今日は金沢生活8年目の日である。
・半年ほど近所の中3に「勉強のコーチ」をしていた。教科の内容自体はほとんど触れなかったが,受験に必要な勉強量を確保するための課題を出し,学習があたかもゲームに見えるようなレベルにまで支えた。長年の経験が頼りの試みだった。幸い本人が大変乗ってくれたため,偏差値にして62~3だったのがグンと伸び,結果として京都の某スーパーサイエンスハイスクールに行くことになった。某校の教育には興味があるので,いろいろ内側から教えてほしいものである。同時に彼は京都の名刹に入山する。大いにがんばってほしいものである。
お礼として大変美味しい肉と美しい陶器をいただく。ありがとうございました。
・学生が二年ほど前の私の写真を見せてくれた。心当たりはあるのだが,随分細いし,そして若い。おそらくジムに通いだして1年くらいの頃。今より4キロほど痩せていたのだろう。ちょっとショックを感じる。
過去を目指すかどうかはともかくとして,その写真からは何か「勢い」のようなものを感じた。
・街にえらくスーツの似合わない若い子たちが溢れている。なるほど、今日は近くの大学の卒業式らしい。最近は袴も減ったのか、女の子もスーツだったりする。
・その彼らが生まれた頃、軽自動車だった我が家に一台の高級車が入った。三菱ギャランΣ(3世代目)。本日我がパサートの前を走っていた。まだ残っていることも驚きだが、なかなか良いデザインだなあと思ったりもする。車のデザインが斬新に目まぐるしく変わっていったのは、90年代前半までかなあとふと思ったりする。
・先日、本学の合格発表。新聞にインタビュー付の記事などが載ったりする。そのインタビューの「合格者」に見慣れた名前。
実はうちの学生が発表場所で歓喜し、それでインタビューを受けるという「釣り」だったらしい。個人的には大変良いセンスだと思う。
・類推と知識に関する最近の論文をバックいっぱいに詰めて出張の予定は終了。最近のあちこちの大学のいろいろな話も仕入れて有意義。
・後輩が京都の大学に転出。私がいたころの大学関係者がめっきり減ってしまう。気軽に訪れた大学だが、そろそろ難しくなるかもしれない。そこでこれから一日、筑波・土浦の足跡を辿ることにする。手元にはデジカメ。
高校生の時、私が卒業した直後にブラスバンドに新しいバスクラリネットが入った。あれほど長いこと建設中だったつくばの常磐新線は、私が金沢に行ったらいつの間にか開通した。などなど。何となく私が待ち焦がれていたものは、私がそこを離れてから程なく実現するような気がしてならない。
そんなこんなで建築ラッシュ著しい最近のつくば、昔は自動車研究所がドンと構えていたあたりも今では駅ができ、新興の住宅になっている。そこで見つけてしまったもの。
フランスあんパンと言えば、シナモンアップルと言えば、ああ私が欲したこの店が、ついにつくばにあるなんて。惜しい、実に惜しい。
この調子でいくと、金沢に「てんや」ができたり、新幹線が来たりしないような気がしてきた。勤め先の建物が新しくなることも…
柏だ守谷だ土浦だ!ここは私の庭同然!と久しぶりの街にやや興奮気味。とりあえずCOCO'Sに座ってこれからの予定を確認。
つくばエクスプレス開業以降賑やかになったが、まだ道に迷う程ではない。ただあちこちに新しいラーメン屋が出来ていて驚く。それ以上に山岡家があちこちに出店していて驚く。どんだけ食べるっちゅうねん!
九時前に酔っているのは,明日が早いから。もうすぐ寝て,未明に起きる。有難いことに大分いい感じになって,ちょっと眠くなる(この状態を金沢では「ありがたくなる(ありがたーなっとる)という」)。
この時間に十分に酔って眠たくなるのは,今は亡き親父そのものの生活。「火曜サスペンス劇場」を見るといって聞かず,一族の長として堂々とサスペンス劇場を見て,30分もしないうちに寝いってしまう。あれと本当に同じ。
だから今日はおやすみなさい。
・火曜日から出張へでる。訳あってその出張は3時起床を必要とする。いつも寝つきの悪い私は今日あたりから睡眠時間の調整をする必要がある。つまり明日早起きをして,夕方10時くらいまでに眠れればとりあえずOKなのだが,普段宵っ張りのため,これが結構難しい。
もうひとつの手段として,今日睡眠時間を少なめに調整して,明日嫌が応にも早寝ができるようにしてもいいのだが,まあいずれにせよ難しい調整となる。
・今年は北陸の花粉が多いように思われる。一昨日から北陸は寒さ&悪天候で花粉どころではなさそうなのだが,身体は正直で敏感に反応する。
何故だろうと思っていたら,昨日耳鼻科の先生から教えてもらう。どうも今年は暖冬で山の雪が少なく,普段なら枝葉の雪に付いてそのまま落ちてしまう花粉が,落ちずに飛んできてしまうらしい。そういうこともあるのかと少々驚く。
昨晩の酒が効いたのか,まるまる6時間寝入る。明け方の夢で登場人物が実に含蓄あるカッコイイ台詞をきかせていた。そう,そういう場面にあの台詞はいいなあと思いつつ目が醒める。
しかし,あの台詞は私の口からはあまり言えたものではない台詞。というか,思いつきもしない台詞だった。夢を見ている主体は「私」である。自分の日常会話や普段の主義主張では,ああいうことは言えないものでもなる。
最近の研究によると,夢というのは自分の脳にある知識の再構成のようなものだとされている。夢の中で自分の思考がぴょんぴょん跳躍している感じ。まさにHolyoak K.J.のいう“mental leaps"そのものである。
あの台詞は,一体どこから出てきたものなのだろうか。それとも,寝ている間に何かが舞い降りてきて自分に耳打ちをしたのだろうか。そうこう考えているうちに,その台詞自体が何であったかも忘れてしまった。
春らしくなったということだろう。黄砂(と花粉)で車が真っ白(たとえ黄色であっても)である。今年は薬が効いているのか,極端にひどい花粉症ということでもない。それでもさすがにマスクなどを買って防衛してみることにした。
こんな中,来週はつくばへ出張である。当然のことながら,猛烈な花粉にさらされることになろう。
コーヒーの濾紙(40枚入り)が切れた。濾紙が切れたのは3年ぶりくらいのことである。そのくらい私はコーヒーを飲まない。
今回は母が金沢に来ていたため,豆を買ってドリップしていたのである。ミルはちゃんと持っていて,やはり3年ほど前に買ったのである。そのくらい飲まないのだが,なくなったとなれば買いに行こうというのが人情である。また,豆ももう少しあまっているのである。
朝のコーヒーは胃にもたれそうでパス。ここのところは家で研究することが多かったので,マグカップに入れて飲む。最近のコーヒーは昔に比べて「酸味」が少なくなったようで(そういう焙煎が増えたのだと豆屋さんが言っていた),時間が少しくらいたっても取り立てて酸っぱくなくなったのは有難い。
・まだ寒いが,すっかり春になっちゃった感がある京都ー金沢間の移動。個展をちょっと見たり,うどんを食うはずが伊勢丹にあるラーコン(ラーメンコンプレックス:シネマコンプレックスのようにラーメン店が軒を連ねる一角,ただいま命名)で「富山ブラック」を食べたりする。なるほど富山ブラックというのは,金沢でたべるそれのようには塩辛くないようだ。それにしても塩辛いのだが。
ところで,九州出身の私にとって「塩っぱい」のは「辛い」で意味が通じる。金沢でも大体大丈夫のようだ。一応全国に向けて発信したつもりで「塩辛い」にしておくのだが,これが意外と自分でも違和感を感じる。
・恒例となった出張帰りの小説耽読。今回は遂に「ジェネラル・ルージュの凱旋」まで行き着く(文庫本にならないと買わないので)。どれも面白い海堂作品であるが,今回の作品はその中でもひとつ抜きん出ていた。珍しく背筋や鼻筋に感情の変化に伴う兆候が感じられたくらいである。
この作品のクライマックスをどこととればいいのか分からないが,その兆候は圧巻の医療行為のシーンによるものである。私にとって背筋に緊張が走る感動というのは「修羅場」にあるような気がする。そしてきっと,そういう「非日常の中で立ち回る」のが私自身好きなのだろうとつくづく思う。
これと同じような昂奮を感じたのは,たとえばサマーセット・モームの「月と六ペンス」のクライマックスシーンなどが思い出される。あれを読んだのはもう20年以上前だが,息が詰まるような,そしてすべてのエネルギーをそこに賭けるような人間の行為は圧巻である。そう,まさに圧巻。
ああいうのは会議や論文作成ではなかなか感じられない。ライブで演奏するとか,大学で沢山の学生を前に講義をするとか,何か大きなものを引き受けた時にしかない気がする。
・研究会で大阪千里山まで、最近頭を使っているのは学会とこれだけではないのだろうかと不安になるほど頭を使う。
研究テーマとして「知識」を扱っているわけだが、その知識はstaticではなく、もっとdynamicに変化しながら構成されると常々言っている。にもかかわらず実験や調査をするときは時系列や個人差などそれぞれの「事情」をあまり考慮せずやっている。いやそうしないと大変だから。
我ながら手抜きだと思わないわけではないが、その態度にお叱りを受ける。日ごろ研究業績を出すことばかり考えて、「で、知識って一体何だ」ということを考えずにいる不誠実さだなあと思う。いやはや申し訳ない。これからはちゃんと考えることにします。
・関西は「薄味」というのが一般論である。
昨日「なか卯」でうどんを食べたが、殊の外塩辛かった。風味自体は関西らしかったのだが、この辺りは他の地域とだんだん似てきているのかなあと思った。
個人的には、関西の食べ物といえど、調味の結果「色が薄い」ことはよく分かるが、塩分についてはそれはそれで結構あるように思われてならない。私の育ったような一般的な九州の家庭は、もっと「塩をケチった」ように薄い所があったりもする。
ただそれは我々が関西で「料理店・食堂」を利用するからであり、一般家庭は違うということなのかもしれないとつらつら考えたりもする。普段住んでいない地域のことをあれこれ考えるのは、やはり難しい。
本日自宅研究日。近くにお昼を食べに行き,そのまま目の前のデパートへふらふらと。折りしも開かれている金沢市の伝統工芸展を見る。会場のバイトがうちの工芸の学生ばかり。中にはその本人自身が入選していたり,賞をとったりしている(なかなか美しいものだった)ので納得ではある。
見ていると向こうから知った顔。ちょっと前に退職なさった某先生に出会う。有難いことに併設の茶席の券を一枚いただいた。昼ごはんの後にお茶を一服。嗚呼なんという優雅。
・大学の暖房が止まった。今週末から入試なので、その期間は暖房が入るだろうけれど、それにしても「春休みモード」だなあと思う。いろいろやりたかったけれど、研究室が寒いのは如何ともし難いので、暖かいところを探して仕事をしようと思う。
・昨晩、本当にふと思い立って馴染みの鮨屋へ。蛤とかコハダとか、そろそろ春なんだなあと思わせるネタを食す。如何に侘びしいと言われようと、独酌の鮨屋は良い。何といってもじっくりと味を堪能出来る。隣の喧噪も悪くはないが、気の散らない環境で塩気や脂気を感じ尽くすのは幸福である。
・卒業式も終わり、大学は急に「春休みモード」になり、とても静かになる。とはいえ雪が降り出し、まだ春にはちょっと遠いかもしれない。
母も熊本に帰り、いつもの日常が戻ってくる。今日に限り仕事は減速モードで。明日からバリバリやります。またやらねばなりません。
・朝から「ピタゴラスイッチ」を見る。あの良くできた「ピタゴラ装置」はルーブ・ゴールドバーグ・マシンという名前が付いていることを初めて知る。1つの工程をどれだけのステップを用いて達成出来るかが課題であり、ステップ数の数や複雑さがポイントとなるらしい。面白いね。効率と結果ではなく、その過程そのものが問題になるという意味では、現代への良いアンチテーゼになっていると思う。
関口宏と三宅裕司のあれではない。70年代から80年代の前半に、日本のあちこちで放送された海外の料理番組。黒沢良が吹き替えをするグラハム・カーが、「うさぎのロースト、カンヌ風」など当時の日本では見当もつかない料理をつくって自ら食べるというものである。
「うーん、美味しそうな合鴨ちゃ〜ん♪」とか、「おい、スティーブ、早く用意しろよ、早く」と、当時の日本の感覚ではない放送がとっても面白かった。大体ポワロねぎとかズッキーニとか、カルダモンとか言われても、買おうと思っても売ってない時代だったのだから、あれは作ることを目的とした番組たりえなかったはず。今なら十分何とかなりそうなのだから、時代は変わったなあ。そういえば、エル・ア・ターブルという雑誌があるが、作るための食材仕入れに若干ハードルがあるという意味では、ちょっとだけ雰囲気を残している(でも、世界の料理ショーの時代に比べれば全く問題にならない程度だが)。あと、油の代わりに「溶かしバター」が使われていたのも懐かしい。えらいことコレステロールの多い料理だったはず。
やっぱり好きな人はいるらしく。遂にDVD化で、アマゾンではもう予約受付中。さすがに3万払って買う気にはなれないが、どこかで一寸見てみたい気がする。
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