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June 25, 2009

願いを「叶えた」ことがあるのは 幸福だ

 人間というもの,多くの願いがあるにもかかわらず,それが叶うということはそうそう多いものではない。叶わなかった願いの多くは,そのうち「一時的なもの」として通り過ぎていくものもある。そしていくつかは「挫折」という形で我々に立ちはだかることも多い。
 だからこそ,自分の力で「勝ち取った」という実感をもてる願いの成就というものは,とても貴重な経験として我々にのこる。頑張ったから志望校に合格した,試合で決勝まで行った,プロポーズにOKをもらった。これが,何となく受かった,告白されたという受け身であれば,自分自身にはなかなか自信を持ちにくい。それは,ひょっとすると運が良かったからかもしれず,もう一度手に入れられるかもしれないというメタレベルの認識を持ちにくいからである。

 勝ち取るためには,とにかく動かねばならない。一生懸命動いても勝ち取れないことは多いから,それは「別段気にしなくてもいい,あたりまえのこと」と思って対応すればよい。それでも欲しいものを得るために何かをやり続けることは,どこかで何かを与えるものである。

 面白いもので,どれほど勝ち取るための困難が「修羅場」であったとしても,乗り越えてしまえばそれはもう修羅場ではない。同じ出来事が再び襲いかかった時には,既に大した修羅場ではないことが多く,時として「いつでも対応できる程度の課題」でしかないことも多い。
 それでも願望は叶わないことがある。これがまた面白いもので,人生において後ろを振り返った時に,「あれは良かったなあ」としみじみ思う転機,出来事の多くは,もともと期待も予期もしていなかったことが多いからだ。入ってみたらいい学校だった,とか。こんなに楽しいものだとは思わなかった。とか。こちらは,勝ち取るためのさまざまな活動の中で得た,おまけのようなものであるが,時として(いや,多くの場合)おまけとは言えないほどの価値を持つ。

 これらを司るのは,実のところ自分以外の何かに期待する,頼みにするということではなく,自分で何かをする,ということにつきる。また,そうしている限り,他の何者かの恩恵や援助は,気づかないうちにどしどしと自分に流れ込んでくるものなのかもしれない。
 

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