« ああ,何が悲しゅうて戦わねばならないのだ | Main | 単位ビタミン論 »

September 30, 2009

カツ丼学概論 第8講 「カツ丼の政治学 ―議会制民主主義の本質―」

 さて諸君,世間では政権交代がおこり,大きな変化が起こっているようだが,今日はカツ丼における政治学的構造というものについて少し話をしておこう。もちろん,ここでは取り扱っているのは「卵とじカツ丼」のことである。

 カツ丼をカツ丼たらしめているものは,他ならない「トンカツ」の存在である。これがなければカツ丼ではなく,ただの玉子丼と認識されても致し方ない。しかしカツ丼において重要なのは,果たしてカツなのであろうか。第5講の美学的考察でもふれたように,カツ丼はカツを始めとして玉子,つゆ,玉ねぎなどがバランスよく調和していなければならないという「ゲシュタルト的調和」によるところが大きいだろう。考えてみて欲しい,世の中でカツ丼の良し悪しを論じるとき,多くの人々はカツを語るだろうか?もちろんカツも問題となるだろうが,多くはつゆだくか否かのようなつゆの問題,玉子のとじられ方の問題,量が多いかどうかといったボリュームの問題,はては上に載るのが三つ葉か海苔かといった補助材料の問題まで幅広く,むしろカツ自体の問題など決して大きくないではないか。揚がり方は大概似たようなものであり(それがつゆによってさくっとしているか否かは煮方の問題である),厚さはむしろ薄くても良いとされ,ブランド豚の使用にいたってはほとんど語られないほどである。

 カツはカツ丼の象徴であり,いわば君主のようなものである。しかしながらカツ丼にまつわる諸問題はカツに左右されにくく,また大きな発言権を持たない。そしてつゆ・玉子・具材といったカツを取り巻くさまざまな要素によって大きく影響を受ける。ただし先のゲシュタルト的調和で述べたように,つゆが突出していても全体は向上せず,ご飯だけが多くても侘しいだけである。それぞれが強い発言権を持ちながら,互いに拮抗・抑制の関係にあるといってもいい。つまり君主であるカツの周りで,それぞれの材料の三権分立とも言うべき影響関係がみられるのである。このことから,カツ丼におけるカツは「君臨すれども統治せず」という位置を占めていることになる。

 歴史的にはこの関係が始めから確立されていたわけではない。第1講で触れたように,カツ丼の始まりは「ソースカツ丼」にある。このときカツは飯を臣下に置き,自らが従えるソース殿前軍の力だけで絶対的に君臨していた。いわゆる「ソースカツ丼絶対主義」の時代である。日本でも明治に天皇制を中心とした国家体制ができたことは良く知っているだろう。しかし高校の世界史で学んだと思うが,西洋ではさまざまな革命を経て,まずイギリスのウォルポールによって議会制民主主義が確立し,さらにアメリカ合衆国憲法で三権分立が確立した。そして大正時代,日本では護憲運動が起こり,デモクラシーの波が最高潮に達したそのとき,卵とじ型のカツ丼,すなわち民主主義的な「君臨すれども統治せず」のカツ丼が確立したのである。カツ丼もまた,日本の民主主義の中で生まれたということをきちんと分かっておいて欲しい。
 もちろん,そのままカツ丼がすんなりと現在の状態になったわけではない。憲法学者の美濃部達吉は,カツ丼におけるカツの象徴的役割を主張し,「トンカツ機関説」を発表して,トンカツの絶対的君臨を信じるソースカツ丼右翼から徹底的な攻撃を受けた(注1)。そして戦後の新しい流れとともに,民主的なカツ丼が全国に普及したのである。まさに「友愛」の精神である。最近になって,保守的な地盤で残っていた北陸地方などのソースカツ丼が全国的に復権の兆しがあるが,これを「カツ丼の右傾化」と指摘する研究者もいる(注2)。

 さて,カツ丼は地方によってその味も作り方も少しずつ異なっている。あるところでは玉ねぎが葱に代わり,あるところではカツの煮方が異なったりである。しかしカツ丼の美味さは本質的に各食材の調和にあることに変わりない。つまりこれらの地域差は,カツ丼における地方自治の精神を良く示しているところである。「カツ丼は民主主義の学校」といわれる所以でもある。これもあわせて指摘することによって,本時の講義を終わる。出席表は回して提出するように。

(課題)次の課題について,来週までにレポートするように
 カツ丼における「一党独裁」「社会主義国家」というものは何を意味するか,自分の考えを述べなさい

(注1)本当にくどいようだが,あくまでペダンティックなシャレだと思っていてください。そして美濃部先生ごめんなさい。
(注2)そんな理論は存在しない。

|

« ああ,何が悲しゅうて戦わねばならないのだ | Main | 単位ビタミン論 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92639/46356169

Listed below are links to weblogs that reference カツ丼学概論 第8講 「カツ丼の政治学 ―議会制民主主義の本質―」:

« ああ,何が悲しゅうて戦わねばならないのだ | Main | 単位ビタミン論 »