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October 07, 2009

「数学嫌い」にかんする若干の考察(再掲)

(2004.06.06)
 行きつけのバーで、「数学嫌い」に関する話を学生さんとする。かの業界では「数学不安」なるテクニカルタームがあることなどを伝えたりする。こちらもズブの素人なのであまり役に立たない話をする。

 数学嫌いについての理由をいくつか考えると、まず思いつくのは「学習性無力感」、出来ないという経験が重なることで、「もとよりできない」という無力感を感じるという説明はできそうである。しかし気になるのは「ある程度できる子でも、嫌いだ」という事実である。数学がとんと苦手な私であるが、それにしたって大学には入る程度の勉強はしただろう。2度目の高校入試の時には、満点をとって入学したこともある。にもかかわらず、数学はいつだって「苦手」教科であった。これはいったいどういうわけだろう。

 自己の記憶をたどってみると、数学は「できた感触の薄い」教科だったと感じる。計算が苦手とか、問題の意味がわからないとかではなく。なんとなく自分でやっていることのつながりが分からない。というか。頭の中で操作する内容が少しでも複雑になると、もう自信を持ってコントロールできない、というか。問題の意味と手続きが一致しないというか。そういう「納得いく」感触の薄さ、自己不全感のようなものが付きまとっている。それは、何となく数学の意味がわかり、教えることさえ出来るようになった今でも残滓のように残っているのである。たとえ解けても、意味がわかっても、私にとって数学は「不安の高い」領域である。

 いわゆる「できない子」の数学不安ももちろん見るべきものがあるが、実は「できる子」の一部(つまり文系)がもっている数学不安のインタビューなぞしてみると、面白いのではないかと思った酒の席であった。

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