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May 29, 2010

状況に埋め込まれた献立

 普段は大学やスポーツジムの近くにあるジャスコを利用しているが,我が家から一番近いショッピングセンターは「アル・プラザ平和堂金沢店」である。今日はたまたまそっち方向に用があったこともあり,初めて買い物をしてみた。食品以外の部門はジャスコに比べ衣料品が潤沢で生活雑貨がやや少な目といったところか。食品部門は肉が充実していてなかなかといったところ。
 しかしながら,である。いつもとレイアウトが違うと,何を買ってよいかほとほと分からなくなる。とりあえず今日の献立に必要なものは見つけ出して買うのだが,あれは買ったものか,いや無駄になるかもしれないから止めたとか,あるいはこれはこの間買ったものだったかと,全く混乱してしまう。
 どの辺りにどれがあるということが分からないから,次は何を買おうといった予測が立たなくなってしまうのである。つまり普段慣れたスーパーでは,利用者はきわめて精緻で体制化された記憶表象を構成しているということである。そして,献立というものはこれらの外部記憶表象を利用しながら作られていくものであると思われる。だから大抵家庭の献立は,その家ではあまり「変わりばえしないもの」になりやすい。買うものがルーチン化したものになりやすいからである。
 結局のところ,あまり多くの買い物にはならず,きっと週の中ごろには何かが足りなくなるため,もう一度慣れたスーパーに行かねばならないと予測されるのである。

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