« 早起きは3点の得点 | Main | プランターデビュー! »

June 28, 2010

首都大と京都教育大の見識

 先ほど,首都大学東京の学生が,芸術活動の名目で社会的に不適切な行為をおこなったということで退学の処分を受けた。これが触法行為なのかどうか,門外漢の私には何とも分からないが,内容自体は人権問題に大きく関わるものであろうとは思う。似たような事例は,昨年京都教育大の学生が起こしたもので,こちらは犯罪。しかしながら大学としての処分は退学ではないというもの。これに関してはそれぞれ意見があるだろうが,「退学」に関する2つの大学のスタンス,あるいは見識の違いをよく示していると思う。

 個人の考え,社会的感情などはいったん置くとして,大学が学生を退学にする場合,何を根拠に考えるかというのは,おそらく学校教育法の規定を考えることになるだろう。学校教育法施行規則第26条は,退学の用件を次に規定している。

・性行不良で改善の見込がないと認められる者
・学力劣等で成業の見込がないと認められる者
・正当の理由がなくて出席常でない者
・学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者

 今回の事例は,4つ目の「学生又は生徒としての本分に反す」ということに該当するだろうが,この懲戒の運用にあたっては,その他にもさまざまな制限がある。

 例えば,感情・報復的処分は厳に禁止されているし,校外における行為をどこまで学則で制限するかについてもその解釈は一様ではない。1〜2の条項に書かれているように「改善・成業の見こみがない」というのは学校の1つの考え方である。法や学則にもとづく懲戒の運用はあくまで教育的目標の達成のための制裁であり,「教育的見地,配慮」に照らして行うべきというのが基本である。
 首都大の処分はこの見方にしたがったうえでなされたと考えることになる。また,京都教育大学が退学処分を行わなかった理由も,「改善・成業の見こみ」に基づく判断もあっただろうし,何より成人の校外行為が「学校の秩序を乱した」ことになるのかについての考え方もあっただろうと思われる。後者は教育系大学ということもあり,その構成員が問題を起こした学生に対して。「今後の教育の可能性」に重きをおいただろうことも十分に想像できるのである。
 どちらが良いとか悪いとかの判断は控えるとして,この2つのケースはそれぞれの大学がとった懲戒に対する「見識」の違いを良く表している。最終的には社会的通念とかいろいろ関わるので,まあ判断は難しいというところで結論づけるしかないだろう。
 

|

« 早起きは3点の得点 | Main | プランターデビュー! »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92639/48741303

Listed below are links to weblogs that reference 首都大と京都教育大の見識:

« 早起きは3点の得点 | Main | プランターデビュー! »