« MacBook Airの奇跡 | Main | 蛇の目は315円なり »

January 19, 2011

Googleは「情報の海」を「情報のタライ」にした。

 最近よく目につくようになった‘’tumblr‘という言葉がある,ネットのあちこちにある興味深い文や画像などをピックアップして再掲するブログタイプのサイトである。その中でも面白いtumblrが知りたいと思い,検索エンジン(ここではGoogle)で検索をすることにした。「tumblr,おすすめ」とか「tumblr,リスト,面白い」などあれこれ検索をかけてみるものの, tumblr自体の解説ページはひっかかるものの,目的となるものはなかなか出会わない。結局時間を空費加減で終わらせてしまった。
 もちろんおそらくどこかにそういうコンテンツもあるはずである。検索の常として,検索語を工夫して絞り込むこともできるだろう。しかし,最近の検索システムは優秀で,同検索しても大抵はアクセスの多い上位のものが引っかかり,本当はほしい情報が掲載されているマイナーなページになかなか行きつかないのである。
 この20年弱の間で,ありとあらゆる情報を蓄積したネット社会。そして飛躍的な進歩を遂げた検索エンジン。確かにネットの世界の中にいるだけで,普段知ることのできない情報まで行き着くことも多い。しかし,である。これらの膨大な情報を,Googleがアクセス頻度によって「仕分け」し,「重要」なページだけが上位になるようにしてしまった。さらにいくつかの手段によって,商業的なページはより上位に,草の根の情報は比較的下位に押しやられる。われわれは果てしなく広大なネット情報の海の中にいるようで,実はかれらによって効率的に整理された少数の情報世界にいるのである。それは海から汲み出した,「タライ」の中の情報のようである。

 同じ海なら図書館の方がうんと狭い。そして検索によって得られる情報の整理度も低い。したがって必要な情報への到達度も・到達可能性も低いはずである。しかし当初から書き手によって「コンテンツの厳選」がはかられた書物は一情報あたりの有用性が高い,あれこれ手にとってめくっているうちに最初の目的とは違った形で良質の情報を構築することも少なくない。最近の学生がネット上で探してくる情報の質量と比較して,膨大な書籍に通暁したアナクロな人が,本屋や図書館から探してくる情報の質量が,劣るということは必ずしもない。違いがあるとすれば,後者のほうがうんと「労力やコストがかかる」ということくらいかもしれない。あくまで経験的な範囲でしかないが,ネット上のコンテンツも,他者の手を経て簡便に情報を得ることができるという点において既にマスメディアのもつ大抵の問題点を十分抱えてしまっているのではないかと思われる。そしてそれが一見「分からない」ところが,よりたちが悪いと言えるのかもしれないのである。
 Googleは恐ろしく便利だ。しかし便利なGoogleは,われわれから多様性といったものを著しく奪いつつある。このディレンマからどう脱却することができるのか。実のところ私には皆目見当がつかない。

|

« MacBook Airの奇跡 | Main | 蛇の目は315円なり »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92639/50629367

Listed below are links to weblogs that reference Googleは「情報の海」を「情報のタライ」にした。:

« MacBook Airの奇跡 | Main | 蛇の目は315円なり »