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September 13, 2011

Enfance finie (その2) 眩しい光のもとで育った

Blog227
 坪井川も,小学校のある高橋まで来るとこんなに広くなる。昼過ぎになると,川に太陽が差し込み,眩しい反射をする。ただでさえ明るい九州だが,私の思い出はたいてい眩しい光のもとにある。夏ともなると,焼け付くアスファルトをひたすら見ながら歩いていた覚えがあるのだが,それはきっと,光が眩しかったからという理由もあるような気がするのである。
 正面に見える権現山はミカン畑が並び,熊本市のミカン試験場もある。少し奥には,有名な装飾古墳である千金甲古墳もある。そういえばこの広い川の堤防から,魚釣りをしていて転落し,鎖骨を折ったのは中学2年の頃。仕留めたライギョも大きかったが,被った痛手も大きかった。

Blog228
 で,こちらが高橋小学校。3年生の時まで純木造の校舎で,4年からこの鉄筋校舎になった。目の前の部分の一階は職員室や図書室,理科室など。その上の2〜3階は体育館。今ではそう珍しくもない狭い敷地における学校建築のスタイルだが,当時体育館が組み込まれていたのはとても斬新に見えた。眼の前にある花壇も,最初はみんなで石をのけ,花を植えて整備したのだぞ。甥姪もここに通い,今は長兄の一番下が通うのみ。3階建てという学校に入って初めて,景色の美しさがわかるようになった。6年生の教室と音楽室。最後の1年はほとんどこの2つにいたのである。遠くまで広がる畑地には,キラキラ光るビニールハウス。そして遠くに見える山。近くの山の色が緑で,遠くなると青くなるという知識も,この時覚えたのだ。小学校の記憶は,外の景色の記憶。如何に授業を聞いていなかったかがよくわかる。成績が大して振るわなかったのもよくわかる。
Blog229
 いつの間にか「県民百貨店」なるところになった旧「岩田屋伊勢丹(その後くまもと阪神などに変遷)」から熊本城を見る。小さい頃,このエリアにこの百貨店以上に高い建物はあまりなかった。15階建ての市役所ができたとき,それはそれは驚いたものである。お城の裏には,通った熊大附中がある。お城を抜けてここの裏にあるピアノ教室まで毎週通ったものである。今は流石になくなっていたが,教室の隣にあるボーリング場は健在だった。そして,その時と同じ匂いがした。あの匂いは何からできているのだろうか。


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