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May 29, 2014

問題は「言葉」じゃない 〜日本でのDSMの病名呼称変更〜 ※

 DSMというガイドラインがある。正確にはアメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計の手引き」という。何年かに一度改訂があり,その都度その時代に応じた精神疾患・障害の概念が変わっていく。今回の改訂はDSM-5という。少なくともDSM-3の時代から知っているものとしては,その変遷にも感慨深いものがある。
 今回の改訂に伴い,日本精神神経学会が大掛かりな「病名の呼称変更」を行った。ソースはこちら【読売新聞】。特に,これまで「学習障害」や「パニック障害」と呼ばれていた診断名について「学習症」,「パニック症」という訳が当てられる。「障害」が付く子どもの病名の多くを「症」に変えた。親子がショックを受けたり、症状が改善しないと思われたりすることに配慮した。とのことである。

 実はこの問題,今に始まった問題ではない。もう10年ほど前,それまで痴呆と呼ばれていた名前が「認知症」になった。「精神分裂病」と呼ばれていた診断も「統合失調症」に変わった。どれも今回と同じく言葉の印象の悪さ,あるいは実際の問題と言葉が乖離しているというところから始まった。最初はそれなりに抵抗もあったが,慣れてしまうとすっかり定着するものである。
 しかし,呼称が変更になった結果,最初に目論んでいた「ネガティブな印象の払拭」は図られたのか?その調査は寡聞にして知らない。

 今回のこの変更。個人的には色々な問題が指摘できるのではないかと思う。特に「〜症」という言葉(概念)を広範囲に使うことの問題である。「ダウン症」などに典型的だが,「〜症」は「〜症候群」という意味を持っていて,特定の症状がみられる一連の疾患として理解できる。医師がこちらへの呼び方に変更するのはよく分かる。医師の見立ての基本として症状が先に立っているのではないかと思われる。
 これに対して「障害」は本来別の意味である。この言葉,英語ではdisorder,diability,handicap,impairmentなど様々な言葉に分けられる。私たちが大学に入った頃は,障害と言ってもこれだけの意味があって,正確に使うようにきちんと教えられたものである。これに対して「〜症」はsyndromeというまた別の概念である。
 アメリカにおけるDSM-5での改訂で,これらの言葉が改訂されたわけではない。あくまで日本での呼称変更である。これでdisorder,diabilityとsyndromeが,おしなべて「〜症」になってしまう。ただでさえ曖昧な概念が,より分からないものになってしまう可能性が大きいのである。

 概念の拡大は,結果として言葉の持つネガディブな印象をさらに広げることになりかねない。本来の呼称変更の目的が却って仇になるパターンである。言葉の世界で,虫食いが広がるように「ネガティブな言い方」の範囲が広がる。このような言葉が蚕食(スプロール)される可能性を,本当に見逃していいのかという思いは強い。問題は言葉ではない,もっと重要なのは障害に対するネガティブな印象を,個人として社会としてどれだけ受け止められるか,なのである。

 だからこそ,今回のニュースはこれまでも何度もあったことで済ましてはならないと思う。深い考えのない良心は,結果として全体の不幸を招きかねない。
 ただ,今回の変更。良い点もいくつかあるかもしれない。GID(性同一性障害)が「性的違和」になっている。これも問題は変わらないが,それはそれで考えぬかれた変更のようにも思う。

※ 本エントリは,言語や言語教育に関心をもつ心理学研究者の立場として,主に「言語の保つ意味の取り扱い」の問題として主張しています。精神医学や臨床心理学の専門家とは異なる見解となるかもしれないことをあらかじめお断りしておきます。

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